15万点の美術作品の「見えないケア」を可視化する場所、デポ・ボイマンス・ファン・ベーニンヘン~Het Depot van Museum Boijmans Van Beuningen in Rotterdam

2026年7月13日月曜日

Kunsthal ロッテルダム 美術館

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オランダ在住のアート好き、ミイルです。

ロッテルダムのミュージアムパークに、静かに佇む一つの建築があります。巨大な銀の器のようなその佇まいは、1,664枚の鏡パネルに覆われ、周囲の木々や空、隣接する博物館の姿を柔らかく映し込んでいます。まるで公園の風景に溶け込むように存在するこの建物こそ、デポ・ボイマンス・ファン・ベーニンヘン(Depot Boijmans Van Beuningen)です。

2021年にオープンしたこの施設は、世界で初めて「美術館の全収蔵品を一般公開でアクセス可能にした」保管施設として、美術史に新たな一頁を刻みました。ただの倉庫ではなく、15万点を超える作品たちが息づく、開かれた森のような空間です。

デポ・ボイマンス・ファン・ベーニンヘン(Depot Boijmans Van Beuningen)

目次
建築と哲学——風景を尊重する優しい器
本館の改装——作品と建築を未来へ繋ぐための大きな決断
美術史の層を、民主的に開く場所
作品たちとの静かな対話
未来への継承


建築と哲学——風景を尊重する優しい器


MVRDVが設計した卵形のフォルムは、地面への足跡を最小限に抑え、屋上を広く設けることで公園の緑を大切に守っています。屋上には75本の白樺を中心とした美しい庭園が広がり、そこからロッテルダムの街並みを一望できるレストラン「Renilde」もあります。建築自体がすでに一つのアートワークでありながら、その内側では本物の作品たちが私たちを静かに待っているのです。


白樺の木が植えられている屋上庭園

レストランRenilde

屋上からの眺めでは、右手に広がる緑の屋根が現在改装工事中の本館(Museum Boijmans Van Beuningen)です。この美しい赤煉瓦の建物は、長い間多くの人々に愛されてきましたが、80年以上の歳月を経て、未来へと作品を繋ぐための大きな決断を迫られました。

屋上からの眺め。右の緑の屋根は改装工事中のボイマンス・ファン・ベーニンヘン美術館の本館
(Museum Boijmans Van Beuningen)

Depot(左)とボイマンス・ファン・ベーニンヘン美術館本館(右)、2021年秋撮影

本館の改装——作品と建築を未来へ繋ぐための大きな決断


1935年にAdriaan van der Steurが設計した本館は、長年にわたり親密で人間的な空間を提供してきました。しかし、建物の老朽化と安全面の深刻な問題が重なっていました。火災リスクの高まり、水漏れや浸入の懸念、大量のアスベストの存在、そして現代の美術館に求められる気候制御設備が合わないことなどが、作品を守り、来館者に安全で快適な鑑賞体験を提供する上で避けて通れない課題となっていたのです。

2019年5月から本館は長期閉館となり、現在も大規模改修工事が進められています。Mecanoo Architectsが設計を担当するこのプロジェクトは、単なる修復ではなく、歴史的建造物の価値を尊重しながら、未来にふさわしい「作品をより良く守り、誰もが心地よく出会える空間」へと生まれ変わらせる取り組みです。2030年頃の再開を目指しています。

美術史の層を、民主的に開く場所


ボイマンス・ファン・ベーニンヘン美術館のコレクションの歴史は、1849年に実業家フランス・ヤーコブ・オットー・ボイマンス氏の寄贈に遡ります。中世から現代まで、幅広いヨーロッパ美術を網羅し、特にオランダ絵画とシュルレアリスムの分野で世界的に高い評価を受けています。

従来、美術館の収蔵品の多くは倉庫に眠ったままでした。しかしここデポでは、作品を時代や作家ではなく、気候条件とサイズによって14の保管室に分け、5つの異なる気候ゾーンで丁寧に守っています。金属、プラスチック、有機物、写真など、素材ごとの最適な環境を整える——こうした「見えないケア」を可視化し、未来の世代へと確実に手渡す仕組みこそ、この施設の深い哲学です。





中央のアトリウムを昇る階段を上りながら、ガラスケースに浮かぶ作品群を眺める体験は、実にドラマチックです。作品はランダムに並んでいるため、予想外の出会いが次々と訪れます。ルネサンスの聖母像の傍らに現代のインスタレーションが佇む——そんな時空の交差が、ここでは自然に生まれるのです。






作品たちとの静かな対話


デポでは、常設展示ではなく、企画展示や保管室の見学を通じて作品と出会います。

北方ルネサンスのヒエロニムス・ボスやピーテル・ブリューゲルの作品群は、中世末期の寓意と幻想を通じて、現代の私たちの不安や想像力に今も深く響きます。人間の愚かさと救済のテーマは、時代を超えて私たちに問いかけ続けています。




ここでは作品の背面のラベルや保存状態も見ることができます。来歴、修復の痕跡、展示の歴史——作品の「人生」に触れることで、美術史が単なる過去ではなく、生き続ける物語であることを実感できます。




未来への継承


デポはアートを「鑑賞する」だけの場ではなく、アートと「共に生きる」場です。修復アトリエで保存作業を間近で見学し、ガイドツアーやアプリで作品の裏側を知り、屋上で余韻に浸る。子どもから専門家まで、誰もが自分のペースで美術と向き合える温かい空間です。

修復アトリエも公開されている

175年にわたるコレクションの歴史は個人の情熱が公共の遺産となり、火災や戦争、時代の試練を乗り越えてきた物語でもあります。そして2021年に生まれたこのデポはその長い旅路の集大成として、収蔵品を「所有」から「共有」へとシフトさせる試みと言えるでしょう。

鏡のファサードは、周囲の風景を映すことで「私たち自身もこの文化の担い手である」と、そっと語りかけているように感じられます。戦火から蘇り、未来を志向するロッテルダムの精神にふさわしい、希望に満ちた建築です。

人々のまなざしが加わることで作品たちはまた新たな輝きを帯び、美術史の流れの中に私たち一人ひとりが静かに位置づけられる——そんな実感をデポを訪れて感じました。

周囲の景色を取り込むデポの鏡の外壁


【デポ公式サイト】

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ミイル。ブログ Miiru 管理人。オランダ芸術や街散策を中心に、美術だけでなく建築なども含めた芸術について広く紹介します。Twitter: ミイル@miirublog

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