オランダ在住のアート好き、ミイルです。
ヨハネス・フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》が14年ぶりに日本で見られると大きな話題になっています。展示されている大阪・中之島美術館に日本のアートファンが集まっている様子はオランダでもニュースになりました。
▼オランダのNHK、NOSでの報道された大阪のフェルメール展
その一方で、オランダ・ハーグのマウリッツハイス美術館には主役の少女が不在です。私は8月23日に、実際に真珠の耳飾りの少女がいない美術館を訪れてみました。いつものあの展示室に立ったとき「おお、いつもの部屋の雰囲気と違う!」という驚きと、ちょっとした寂しさを感じました。
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| マウリッツハイス美術館前に置かれた《真珠の耳飾りの少女》不在のお知らせ |
いつもの場所に、違う絵がかかっている
マウリッツハイスのフェルメール・ルームといえば、《真珠の耳飾りの少女》がメインに据えられ、ほかのフェルメール作品2点(《ディアナとニンフたち》《デルフトの眺望》)とともに他のオランダ17世紀の作品が静かに囲む空間です。少女がいるときと、いないとき。並べて見ると、その違いがはっきりわかります。
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| 《真珠の耳飾りの少女》がいるとき |
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| 《真珠の耳飾りの少女》がいないとき |
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| 《ディアナとニンフたち》左の壁、《真珠の耳飾りの少女》は右の壁中央がいつもの場所 |
現在、少女の定位置にはヘラルト・テル・ボルフの作品がかけられていました。テル・ボルフはサテンの布地の質感や上品な室内情景を描くことに長けた画家です。フェルメールとは同時代を生き、互いの作品から影響を受け合った可能性も指摘されています。少女の代わりにそこにいることでかえって17世紀オランダ絵画の豊かな人間関係が浮かび上がってくるように感じられました。
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| Gerard ter Borch, The Messenger, known as 'The Unwelcome News', 1653 |
また、《ディアナとニンフたち》のあった場所には、ピーテル・デ・ホーホの絵が展示されています。光の扱いや日常の静けさを得意としたデ・ホーホの作品はフェルメールの世界と響き合う部分が多く、不在を埋めるというより対話するようにそこにあります。
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| Pieter de Hooch, Figures in a Courtyard, c. 1658-1660 |
《デルフトの眺望》はいつもの場所に展示されていました。
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| Johannes Vermeer, View of Delft, c. 1660-1661 |
しかし、こちらも10月からスペインのティッセン=ボルネミッサ美術館(マドリード)とマウリッツハイス美術館の同時交換展のために貸し出されます。 《デルフトの眺望》のオランダ国外への貸出しは、1995年の「ヨハネス・フェルメール展」(ワシントン・ナショナル・ギャラリー)以来、約30年ぶりとなります。
▼ティッセン=ボルネミッサ美術館(マドリード)での展覧会のメイン画像は《デルフトの眺望》!
アート作品が旅することの意味
《真珠の耳飾りの少女》は、マウリッツハイスにとって特別な存在です。館としてもほとんど貸出を行わない作品として知られています。今回の来日は、美術館の改修工事に伴う閉館期間(8月24日から9月20日まで)を利用したもので、館長自身も「おそらく最後の国外貸し出しになるかもしれない」と述べています。
▼マウリッツハイス美術館の改修工事についてはこちらから
作品が旅立つとき、残された空間はただの「空白」ではありません。そこに他の画家の作品が置かれることで、コレクション全体のバランスやオランダ絵画の多様な表現が改めて見えてきます。不在が、かえって存在の厚みを教えてくれるような、そんな気がしました。
少女が戻ってくる日まで
《真珠の耳飾りの少女》がマウリッツハイスに戻ってくるのは、10月5日からとされています。それまでの間、美術館は一時閉館し、改修を進めます。そして大阪では、9月27日まで少女が滞在を続けます。







