忘却と発見、そして再びの光ーー 美術作品の来歴をたどる『モノの記録』展~A Diary of Things at Het Depot van Museum Boijmans Van Beuningen in Rotterdam

2026年7月20日月曜日

Hetdepot ボイマンス・ファン・ベーニンヘン美術館 ロッテルダム 修復 展覧会

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ロッテルダムのデポ・ボイマンス・ファン・ベーニンヘンは、ただの収蔵庫ではありません。2021年に開館した、世界で初めて一般公開された美術館の倉庫です。鏡面の外壁が空と街の風景を静かに映し込むその建物の中で、15万点を超えるコレクションが息づいています。




2026年3月21日から9月20日まで開催されている展覧会『モノの記録(A Diary of Things)』は、まさにこの場所だからこそ輝く展示です。美術作品が「物」として辿ってきた運命——所有、忘却、再発見、交換、修復の物語——に、静かな光を当てています。





作品は、ただそこにあるのではない


展覧会の中心に据えられているのは、7世紀末から18世紀初頭のロッテルダムゆかりの三つの絵画です。アドリアーン・ファン・デル・ヴェルフ(Adriaen van der Werff)の《ダイアナとカリスト(Diana and Callisto)》(1704年)と、アブラハム・ホンディウス(Abraham Hondius)の狩猟画2点(《Wild Boar Hunt》《Bear Hunt》、1672年頃)です。


Adriaen van der Werff, Diana and Callisto, 1704

ファン・デル・ヴェルフの作品は、バロック後期の洗練された官能性と古典神話が溶け合った、小さくも豊かな一枚です。月の女神ダイアナが、ニンフ・カリストの妊娠を発見する瞬間を、滑らかな肌の描写と柔らかな光の移ろい、そして微妙な心理的緊張感で描き出しています。当時、宮廷画家として名を馳せていた彼が、妻への贈り物として制作したという個人的なエピソードが残っているのも心温まる点です。プライベートな愛情が、時の流れを経て公的な美術史の一部となる——そんな優しいつながりを感じさせます。


この作品に関係する記録などが壁面に年代順に展示されている

一方、ホンディウスの二点の狩猟画は、北方バロックらしいダイナミックで荒々しい筆致が特徴です。動物の毛並みや筋肉の躍動、狩人の緊張が渦巻くような表現は、17世紀オランダ市民階級が好んだ「生のドラマ」をそのまま体現しています。しかし興味深いのは、この作品群の来歴です。所有者の記録に長い空白期間があり、一時期は美術史の視界から完全に消えていたのです。


Abraham Hondius, Wild Boar Hunt, Bear Hunt, ca. 1672

この「忘却」と「発見」のコントラストこそ、本展の大きなテーマです。よく知られた例として、ヨハネス・フェルメールが挙げられます。彼の作品は死後約200年間、ほとんど忘れ去られていましたが、19世紀に再発見され、今や西洋美術史の頂点に位置づけられています。作品は作者の死後も、なお人間の記憶や価値観によって浮き沈みする運命を、静かに物語り続けているのです。


ホンディウスの狩猟画に関する記録はこれだけ



七つのテーマが紡ぐ、ものたちの長い旅

Vincent van Gogh, Portrait of Armand Roulin, 1888

展覧会は、三つの絵画を中心に、寄贈・購入・略奪・分割・廃棄といった多様な運命を、七つのテーマ的な回遊で丁寧にたどっていきます。背景には戦争、コレクターの死、経済危機、美的価値観の移り変わりといった歴史の影が常に落ちています。

たとえば、ヴァン・ゴッホの《アルマン・ルーランの肖像》(1888年)は、1938年にナチス高官の娘の誕生祝いとして、ケルン市がクラナッハの作品と交換したという複雑な来歴を持ちます。


Wassily Kandinsky, Black Triangle, 1925

Anthony van Dyck, Saint Jerome, 1618-1620

また、グッゲンハイム美術館が1964年に手放したカンディンスキーの11点の作品は、まとめて購入できる稀有な機会としてボイマンス・ファン・ベーニンヘンに迎え入れられました。

さらに、ルーベンスが生涯手元に置いていたファン・ダイクの若き日の《聖ヒエロニムス》など、作家同士の尊敬や人間関係が作品の運命に深く関わっている事例も紹介されています。

ルネサンスからバロック、印象派、そして20世紀の抽象絵画へと続く長い流れの中で、作品たちは作者の意図を超え、新たな文脈を与えられ、時には傷つき、修復され、意味を更新され続けています。それはウォルター・ベンヤミンが語った「複製技術時代の芸術作品」のアウラの喪失を超えた、より人間的で温かい視点でもあります。作品は失うだけでなく、新たな関係性を獲得し続けるのです。



デポという場が教えてくれること


作品の価値は永遠に同じではありません。時代を移ろうなかでさまざまに変化します。今、評価が高い(または低い)作品が必ずしも100年後も同じだとは限らないのです。

デポ・ボイマンス・ファン・ベーニンヘンは、伝統的な「白いキューブ」の美術館とは対極にあります。ここでは作品が「生きている倉庫」の中で、私たち鑑賞者もまたコレクションの生態系の一部となります。作品の背面に残る古いラベル、輸送の痕跡、修復の記録など、普段は決して見えない「裏側」が、表舞台に上がる特別な場です。それゆえに『モノの記録』は、ここでしか成立し得ない展示と言えるのではないでしょうか。








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ミイル。ブログ Miiru 管理人。オランダ芸術や街散策を中心に、美術だけでなく建築なども含めた芸術について広く紹介します。Twitter: ミイル@miirublog

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