ノッテボーム・ルームは、まるで時が止まったような空間でした。古い書物に囲まれ、木の温もりや古い金箔の鈍い輝きと革の匂いに包まれて感動を味わいました。
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| ノッテボーム・ルーム |

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| ジョン・ブラウが作った大きな地球儀と天球儀 |
図書室を後にして外に出ると、まるでタイミングを計っていたかのように、激しい雨が降り始めました。空が一瞬で暗くなり、ぽつぽつと落ちていた雨粒がたちまち土砂降りに変わり、傘を持たない私は慌てて近くの建物に駆け込みました。
そこが、聖カルロス・ボロメウス教会(Sint-Carolus Borromeuskerk)でした。
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| 図書館の向かいに建つ教会Sint-Carolus Borromeuskerk |
図書館の真向かいに建っていて、図書館を見学する前に「なんてすてきな教会だろう。いつか入ってみたい」と眺めていた場所です。まさかこんな形で雨宿りすることになるとは。
まず目を奪われたのが荘厳なファサード。ローマのイル・ジェズー教会に着想を得たデザインで、教会本体よりも8メートルも高い塔がそびえ、渦巻き模様や柱、彫刻が惜しみなく施されています。中央に輝くIHS(イエスのギリシャ語頭文字)のモノグラムが、静かな威厳を放っていました。ピーテル・パウル・ルーベンス自身がデザインに関わったと言われています。
急いで中に入ると、外の雨音が遠ざかり、教会内は静寂と柔らかな光に満ちた別世界が広がっていました。その美しさに、息をのむ思いでした。

この教会は、アントワープの中心にあるヘンドリック・コンサイエンス広場(Hendrik Conscienceplein)に1615〜1621年にイエズス会によって建てられたバロックの傑作です。元は聖イグナチウス・ロヨラに捧げられたイエズス会教会でしたが、1773年のイエズス会解散後に聖カルロ・ボロメウスの名に改められました。
教会は三廊式バシリカの構造で、側廊の上にはギャラリーが巡り、大きな窓から柔らかい光が降り注ぎます。1718年の落雷による火災で、ルーベンスが手がけた39枚の天井画が失われてしまったのは本当に惜しいことですが、それでも今の内装は、息をのむほどの美しさです。

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| 中央祭壇 |
中央祭壇(主祭壇・hoogaltaar)は独特の滑車システムで、典礼暦に合わせて絵画が定期的に入れ替わる仕組みになっています。17世紀に制作された大型キャンバス4枚が元々あり、今もその伝統が続いています。年に数回、公開の場で絵を交換する儀式が行われ、交換の儀式を映した映像を確認すると、掛けられていない作品は祭壇の下に収納されているようです。
17世紀にこの中央祭壇のために制作されたのは以下の4枚です。
1.ピーテル・パウル・ルーベンス《聖イグナティウス・デ・ロヨラの奇跡》
2.ピーテル・パウル・ルーベンス《聖フランシスコ・ザビエルの奇跡》
3.ヘラルト・セヘールス(Gerard Seghers)《十字架の昇架》
4.コルネリス・スフト(Cornelis Schut)《マリアの戴冠》
ルーベンスの2作品は現在はウィーン美術史美術館が所蔵してますが、教会では残る2枚と19世紀に追加されたフスタフ・ワッペルス(Gustaaf Wappers)《カルメル山の聖母》の合計3枚が交代で掛けられます。私が訪れた時は、コルネリス・スフトの《マリアの戴冠》を見ることができました。
絵の交換の儀式はAswoensdag(灰の水曜日)、Paasmaandag(イースターマンデー)、そして8月頃のNacht van de Kerkenで、2026年だと2月18日、4月6日、8月頃の予定です。
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| 右:ピーテル・パウル・ルーベンス《聖フランシスコ・ザビエルの奇跡》ウィーン美術史美術館 |
右側廊には、ルーベンスのもう一つの作品《エジプトからの聖家族の帰還》があります。

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| ルーベンス《エジプトからの聖家族の帰還》 |
2017年にようやく元の場所に戻ってきた貴重な一枚で、温かみのある色彩と優しい家族の情景に、思わず足を止めました。
さらにその近くにある豪華なフータッペル礼拝堂(Houtappelkapel、または聖母礼拝堂/Mariakapel)――通称「ルーベンス礼拝堂」があります。富裕な寄進者フータッペル家(Houtappel-Boot家)の埋葬礼拝堂として1622年頃から建設され、1635年頃に完成しました。ルーベンスがデザイン・提案に大きく関わり、大理石、彫刻、絵画の配置すべてに彼の影響が色濃く残っています。
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| フータッペル礼拝堂には《エジプトからの聖家族の帰還》に向かって右側の壁に小さな入口から入ります。 |

大理石、彫刻、絵画が贅沢に用いられ、ルーベンスがデザインしたとされる天井のスタッコ装飾も、息をのむほど繊細で素晴らしい。
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| 祭壇の反対側 |
カラフルな大理石、曲線、貝殻、果物籠、花輪などの過剰な装飾は、バロックの極致。筒型天井(バレル・ヴォールト)は、金箔を施した石膏レリーフで天使、星、花、月などが全面に描かれ、ルーベンス自身がデザインしたものです。

祭壇画はルーベンス《聖母被昇天》の模写(オリジナルはウィーン美術史美術館)ですが、この空間全体がルーベンスの装飾家・建築家としての天才ぶりを物語っています。
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| 左の壁中央:ピーテル・パウル・ルーベンス《聖母被昇天》ウィーン美術史美術館 |
外壁のファサードとIHSモノグラム、焼失してしまった39枚の天井画、中央祭壇の2作品、《エジプトからの聖家族の帰還》、そしてこのフータッペル礼拝堂(別名ルーベンス礼拝堂)と、絵画だけでなく装飾・建築の分野でも多才であったルーベンスの凄さに驚かされる教会です。
この日は特別に二階にあがることができました。
この日は特別に二階のギャラリーに上がることができました。石造りの階段を上り、北側から下を眺めると、教会の壮大さと光の美しさがまた違った角度で楽しめます。

床の装飾も美しい。


昔の教会の様子を描いた絵画もあって、歴史の深さに改めて胸が熱くなりました。

雨はまだ、窓を叩き続けていました。
けれど私は、もう「雨宿り」という言葉をすっかり忘れていました。ただ静かにこの空間に身を委ねていたい……そんな気持ちでいっぱいでした。外は激しい雨なのに、教会の中は不思議と温かく、穏やかで光に満ちていました。
アントワープのこの一角、図書館と教会が向かい合う場所は、まさにバロックの宝庫です。ルーベンスの多才さに改めて驚かされる、忘れられない場所となりました。
▼聖カルロス・ボロメウス教会のサイト
▼教会の前に訪れた歴史ある図書館はこちら
▼ルーベンスの傑作を見たいなら、アントワープ聖母大聖堂
▼修復によってよみがえるルーベンス作品








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