ライデンの家に響く笑い声:ヤン・ステーン生誕400年記念展「ヤン・ステーンの家~祝祭の400年」を訪ねて~Thuis bij Jan Steen at Museum De Lakenhal in Leiden

2026年5月13日水曜日

ラーケンハル美術館 ライデン 展覧会

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オランダのデン・ハーグ在住で、アートとチョコレートが大好きなミイルです。

2026年は、オランダ17世紀の風俗画家ヤン・ステーン(1626-1679)の生誕400年にあたります。ライデン生まれの彼を称えて、ライデンのラーケンハル美術館(Museum De Lakenhal)で展覧会「ヤン・ステーンの家~祝祭の400年(Thuis bij Jan Steen – 400 jaar leven in de brouwerij)」が開催されているので見に行ってきました。約70点の作品が世界中から集い、ステーンの「家」と「日常」を軸に、家族・友人・酒場、そしてライデンの街が織りなす人間喜劇が描かれていました。




ライデンに根ざした画家、ヤン・ステーン




ステーンは17世紀オランダの商業と学問の中心地であるライデンで生まれ、生涯の多くをこの街で過ごしました。醸造業を営む傍ら、家族や近隣の人々をモデルに、混沌とした日常をユーモアたっぷりに描き出しました。彼の作品は、当時の人々の生活を理想化せず、ありのままの姿を温かく、時にからかうように表現しています。

展覧会は、ステーンの「家」を再現するような構成になっています。ライデンとの深い絆から始まり、家族の温もり、酒場の喧騒、そして聖書や神話にまで及ぶ幅広い視野で、17世紀の人間性を多角的に照らし出します。

家族の日常と職人の誇り

展覧会の冒頭を飾るのは、ステーンのライデン時代を象徴する作品群です。

特に印象的な作品の一つが、《パン屋アルント・オーストワールト夫妻とその妻カタリーナ・ケイゼルスワールト》(1658年)です。店先で微笑むパン屋夫婦の後ろで、幼い息子が新鮮なパンを知らせる角笛を吹いています。この男の子は、ステーンの実子タデウスがモデルです。


Baker Arent Oostwaard and His Wife Catharina Keizerswaard, 1658


職人の誇りと家族のささやかな喜びが、柔らかな光と表情に満ち溢れています。ステーンは17世紀の労働者の暮らしを理想化せず、しかしどこか愛おしく描くまなざしを持っていました。彼は「日常の尊さ」を肯定する稀有な画家と言えるでしょう。

子どもの純粋さと無邪気な遊び


Children Teaching a Cat to Dance, ca. 1660-1679


また、子どもの無邪気さを愛おしく描いた代表作《子どもたちが猫にダンスを教える》(1660-1679年)も見逃せません。子どもたちが笛を吹き、猫を立たせて踊らせようとする情景が描かれています。動物が踊れるはずもないのに、猫の前足と尻尾をつかんで無理やり立たせようとする様子に、ユーモアと幼い頃の純粋な歓びが溢れています。この作品からも、ステーンが家族、とくに子どもたちに目を注いでいたことが分かります。




展覧会ではこうした子どもの描写が特に強調されており、当時の子ども観を再発見できます。当時は子どもを「小さな大人」と見なす傾向がありましたが、ステーンは彼らを独立した感情の持ち主として丁寧に描きました。彼が描く子どもらしい表情に思わずほおが緩みます。


The Severe Teacher, ca. 1665-1670



諺と寓意が秘められた家族の宴

ステーンの魅力は風俗画だけにとどまりません。展覧会では、諺や寓意を織り交ぜた作品も多く紹介されています。


The Merry Family, 1668

家族がテーブルを囲んで歌い、子どもがそれに合わせて笛を吹く賑やかな光景が描かれています。表向きは楽しい宴ですが、この絵は暖炉の上に書かれているオランダの諺「親が歌えば子も笛を吹く」(この親にしてこの子あり)を基にしており、親の行いが子に影響を与えるという教訓を込めています。

ステーンはエンブレム集(寓意画集)を愛読しており、こうした隠されたメッセージを作品に忍ばせました。17世紀オランダの風俗画は「視覚的な説教」として機能していましたが、彼はそれを笑いと温かみで包み、観る者に「自分ごと」として響かせるのです。散らかった部屋や水差しに直接口をつける様子など、悪い行いもやさしく諭すような筆致が特徴的です。

酒場の喧騒と人間交流

ステーン自身が醸造業を営んでいた経験を生かした酒場作品も真骨頂です。《宿屋の前で踊る農民たち》では、農民たちが踊り、酒を酌み交わす様子が音楽と笑いに満ちており、観る者をその場に引き込みます。

Tavern interior (Prince's Day), ca. 1670-1679

彼は劇団「レデリッカーズ」と関わりがあった影響で、演劇的な手法を取り入れ、動きと表情に豊かなダイナミズムを与えました。当時の酒場は階級を超えた人間交流の場でもあり、ステーンはそこに喜びとともに「節度」の重要性をさりげなく描き込んでいます。

恋の病とユーモアあふれる「医者の診察」

ステーンの作品で特に繰り返し描かれたのが「医者の診察」や「恋に病む娘」のテーマです。生涯で20点以上制作したと言われています。


The Doctor's Visit, ca.1665

《医者の診察》では、床に落ちた紙に「どんな薬も効かない、これは恋の痛みだ(Hier baet geen medesyn, want het is minnepyn)」と記され、男の子が浣腸器(性的な寓意)を持つなど、露骨でありながら軽やかなユーモアが散りばめられています。ステーンはこうした性的・風刺的な要素を決して下品にせず、温かな色彩と軽やかな筆致で包み込みます。観る者は笑いながら、17世紀の若者たちの恋の喜びと苦しみを身近に感じられるでしょう。

聖書や神話に宿る日常性

さらに、聖書や神話を題材にした歴史画でもステーンの個性が光ります。《聖ニコラウス祭》(1663-1665年頃)では、子どもたちが贈り物に喜ぶ様子が描かれ、キリスト教の祝祭を温かな家庭劇に変えています。彼は荘厳な題材に日常性を忍ばせ、宗教的テーマさえも「人間くさく」昇華させました。

The Feast of St. Nicholas, ca. 1670

The Feast of St. Nicholas, ca. 1665-1668

展覧会ではライデン派の同時代作家、フランス・ファン・ミーリスやアリー・デ・フォイスの作品も並べて展示され、ステーンの文化的背景を浮き彫りにしています。精緻な細密画とステーンのゆるやかなタッチの対比は、ライデンという街の豊かな表現力を教えてくれます。

400年の時を超えて、私たちに届く贈り物

この展覧会は、ステーンの「家」に招かれたような温かさで、17世紀の日常を体感させてくれました。混沌とした部屋、笑う家族、恋に悩む若者たちは今も私たちに重なる部分が多くあります。次回、ライデンを訪れる際はステーンの墓があるピーテルス教会を訪れたり、ステーンゆかりの場所を歩いてみたいと思います。


ステーンゆかりの場所をマッピングしたライデンの地図



▶ラーケンハル美術館公式サイト



▶ライデンはレンブラントの出身地でもあります


▶若きレンブラントが過ごしたライデンの街

▶マウリッツハイス美術館でもヤン・ステーンの作品が見られます


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ミイル。ブログ Miiru 管理人。オランダ芸術や街散策を中心に、美術だけでなく建築なども含めた芸術について広く紹介します。Twitter: ミイル@miirublog

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