この展覧会は、オランダを代表する20世紀の彫刻家カレル・フィッサー(1928–2015)の作品13点を初めて一堂に集めたものでした。アムステルダム国立美術館の庭園で毎夏開催される彫刻展にオランダ人作家が取り上げられるのは、2013年に庭園での彫刻展を開始以来、初めてのことです。

フィッサーは伝統的な大理石やブロンズではなく、鉄板や鋼材、コンクリートといった工業素材を好んで用いました。切断トーチと溶接機を手に、積み重ね、反復、対称といった簡潔な原理で、鳥の骨格や川のデルタ、昆虫の形といった自然の構造を抽象化してきました。
ミニマリズムの潮流と響き合いながらも、どこか有機的な呼吸を感じさせる彼の作品は、戦後オランダの公共空間に多く設置され、人々の日常に寄り添ってきました。

アムステルダム国立美術館の庭園という緑豊かな場所で、これらの作品が並ぶ姿は、工業的な硬質さと自然の柔らかさが静かに対話する光景を生み出しています。キュレーターのヤン・テーウィッセ氏も当初、以前のヘンリー・ムーアやホアン・ミロといった国際的に有名な作家たちの巨大さと比べるとサイズが控えめではないかと懸念したそうです。しかし、実際に配置してみるとフィッサーの作品は「無理なく、力強く存在した」と語っています。たしかに彼の言葉通り、作品たちは庭の空気に溶け込みながらも、確かな存在感を放っていました。
黒い塗装を施した8つの同一の鋼製三日月形が、階段状に積み重ねられています。旧約聖書の「ヤコブの梯子」を想起させつつ、純粋な幾何学的反復によって上昇のイメージを抽象化した、初期の代表作です。垂直への意志が、静かに空を指し示しています。
戦後復興展「E55」のために制作され、後にユトレヒトに設置されました。

PTT(当時の郵便・通信公社)の依頼で制作され、ハーグの建物入口を守るように配置されていた一対の作品です。
建物解体後にながらく行方不明となっていましたが、倉庫で眠っていたところ再発見さて修復され、2024年から美術館の庭園に恒久設置されています。
鉛で覆われた金属の形態が、互いを180度回転させて向き合う様子は、現代の門衛のような威厳を湛えています。失われかけた公共彫刻の再生としても、意義深い存在です。
アメルスフォールトのリートフェルト設計のパビリオン前に長年置かれていた作品です。
4つの大きな鋼製の形態が、鏡像のように配置されています。第二次世界大戦を終結させた4つの連合国を思わせるとも言われますが、ヴィッサー自身は純粋な形態の緊張関係を重視していました。リートフェルトの建築との調和も美しく、オランダ近代デザインの文脈で語られることが多い作品です。

アペルドールンから借り出された後期の作品です。アメリカのコロラド川にあるパウエル湖の形に着想を得た『Lake Powell』(1998年)を拡大したものらしいのですが、横からだとなにがなんだか……。上から見たくて周りをうろうろしてみましたが、全貌はよくわかりませんでした。

妻とその姉妹が挨拶を交わす日常の一瞬から生まれたブロンズ作品です。
二つの抽象的なシルエットが、ゆるやかに結び合っています。幾何学的でありながら、人間の関係性の温かみを宿している点が、ヴィッサーの人間的な側面を優しく伝えてくれます。
クレラー=ミュラー美術館所蔵の作品で、対称と反転を巧みに用いた初期の幾何学的試みです。形態が互いに映し合うように配置され、空間そのものを彫刻の一部とする考え方を明確に示しています。
鳥の骨格や飛翔のイメージを抽象化した作品です。フィッサーが繰り返し自然の構造に目を向けていたことがよくわかります。軽い印象を与えながら、鋼の質量を感じさせるバランスが秀逸です。
おわりに
全体として、この展覧会はヴィッサーのキャリアを丁寧にたどる機会となっていました。初期の有機的な抽象から、1960年代のミニマルな幾何学、そして後期の自然回帰へと続く流れが、庭園という開放的な空間で自然に展開されていました。
【公式サイト】
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フィッサーは伝統的な大理石やブロンズではなく、鉄板や鋼材、コンクリートといった工業素材を好んで用いました。切断トーチと溶接機を手に、積み重ね、反復、対称といった簡潔な原理で、鳥の骨格や川のデルタ、昆虫の形といった自然の構造を抽象化してきました。
ミニマリズムの潮流と響き合いながらも、どこか有機的な呼吸を感じさせる彼の作品は、戦後オランダの公共空間に多く設置され、人々の日常に寄り添ってきました。

アムステルダム国立美術館の庭園という緑豊かな場所で、これらの作品が並ぶ姿は、工業的な硬質さと自然の柔らかさが静かに対話する光景を生み出しています。キュレーターのヤン・テーウィッセ氏も当初、以前のヘンリー・ムーアやホアン・ミロといった国際的に有名な作家たちの巨大さと比べるとサイズが控えめではないかと懸念したそうです。しかし、実際に配置してみるとフィッサーの作品は「無理なく、力強く存在した」と語っています。たしかに彼の言葉通り、作品たちは庭の空気に溶け込みながらも、確かな存在感を放っていました。
1. 『Jacobsladder(ヤコブの梯子)』(1954年)
黒い塗装を施した8つの同一の鋼製三日月形が、階段状に積み重ねられています。旧約聖書の「ヤコブの梯子」を想起させつつ、純粋な幾何学的反復によって上昇のイメージを抽象化した、初期の代表作です。垂直への意志が、静かに空を指し示しています。
戦後復興展「E55」のために制作され、後にユトレヒトに設置されました。
2. 『Signaal 1』と『Signaal 2』(1964年)

PTT(当時の郵便・通信公社)の依頼で制作され、ハーグの建物入口を守るように配置されていた一対の作品です。
建物解体後にながらく行方不明となっていましたが、倉庫で眠っていたところ再発見さて修復され、2024年から美術館の庭園に恒久設置されています。
鉛で覆われた金属の形態が、互いを180度回転させて向き合う様子は、現代の門衛のような威厳を湛えています。失われかけた公共彫刻の再生としても、意義深い存在です。
3. 『Grote Vier(大きな四つ)』(1965年)
アメルスフォールトのリートフェルト設計のパビリオン前に長年置かれていた作品です。
4つの大きな鋼製の形態が、鏡像のように配置されています。第二次世界大戦を終結させた4つの連合国を思わせるとも言われますが、ヴィッサー自身は純粋な形態の緊張関係を重視していました。リートフェルトの建築との調和も美しく、オランダ近代デザインの文脈で語られることが多い作品です。
4. 『Meer(湖)』(2006年)

アペルドールンから借り出された後期の作品です。アメリカのコロラド川にあるパウエル湖の形に着想を得た『Lake Powell』(1998年)を拡大したものらしいのですが、横からだとなにがなんだか……。上から見たくて周りをうろうろしてみましたが、全貌はよくわかりませんでした。
5. 『Twee Zusters(二人の姉妹)』(1996年)

妻とその姉妹が挨拶を交わす日常の一瞬から生まれたブロンズ作品です。
二つの抽象的なシルエットが、ゆるやかに結び合っています。幾何学的でありながら、人間の関係性の温かみを宿している点が、ヴィッサーの人間的な側面を優しく伝えてくれます。
6. 『Dubbelvorm 4(二重形態4)』(1957–58年)
クレラー=ミュラー美術館所蔵の作品で、対称と反転を巧みに用いた初期の幾何学的試みです。形態が互いに映し合うように配置され、空間そのものを彫刻の一部とする考え方を明確に示しています。
7. 『Twee Vogels(二羽の鳥)』(1954/1994年)
鳥の骨格や飛翔のイメージを抽象化した作品です。フィッサーが繰り返し自然の構造に目を向けていたことがよくわかります。軽い印象を与えながら、鋼の質量を感じさせるバランスが秀逸です。
おわりに
全体として、この展覧会はヴィッサーのキャリアを丁寧にたどる機会となっていました。初期の有機的な抽象から、1960年代のミニマルな幾何学、そして後期の自然回帰へと続く流れが、庭園という開放的な空間で自然に展開されていました。
【公式サイト】
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