隣接する二つの美術館で同時に行ったこの二つの展覧会は、戦争の記憶、喪失、そして再生を問いかけるキーファーの深い世界をやさしく、しかし力強く描き出しました。
なぜアムステルダム市立美術館でキーファー展?——その必然の理由
展覧会の内容を耳にしたとき、多くの方が「世界的に有名なアーティストだけれども、なぜふたつの美術館を使うほど大規模な展覧会をするのか?」と不思議と思いました。実は、そこにこそ、この展の核心があります。
まず、ゴッホ美術館で開催されたのはキーファーは少年時代からゴッホに強く影響を受け、足跡をたどる旅をしたり模写をしたりしていたからです。特に《ひまわり》《麦畑》《星月夜》などのモチーフを独自に再解釈するなどキーファーが芸術的対話を行ってきました。
▼ゴッホ美術館でのキーファー展の様子は以下の記事から。
次にアムステルダム市立美術館ですが、キーファーのキャリアにおいて特別な「オランダ」を最初に、そして深く支えてきた場所だからです。1980年代初頭、まだ国際的に注目を集め始めたばかりの彼の代表作《Innenraum》(1981年)や《Märkischer Sand》(1982年)をいち早く収蔵し、1986年には個展を開催しました。アムステルダム市立美術館のこのような活動は、キーファーの世界的な認知を大きく後押ししたのです。
だからこそ、2025年のこの展覧会ではアムステルダム市立美術館のコレクションに収められたキーファー作品をすべて一堂に集めることができました。これまで収蔵庫に眠っていた初期作品群が初めて揃い、美術史的にも、ひとりの観る者にとっても、かけがえのない瞬間となりました。さらに、アムステルダム市立美術館のために新たに制作された巨大インスタレーションが美術館の空間に溶け込むように息づいていたのも素晴らしかったです。
階段を包む圧倒的な問いかけ——《Sag mir wo die Blumen sind》
展覧会の中心に据えられたのは、展覧会と同じタイトルの新作《Sag mir wo die Blumen sind》(花はどこへ行った)(2024年)。美術館の歴史的な階段全体を24メートルを超えて覆う没入型インスタレーションです。タイトルは、ピート・シーガーの反戦フォークソング「Where Have All the Flowers Gone?(花はどこへ行った)」のドイツ語版から取られ、マレーネ・ディートリヒの歌声で広く知られた旋律を思い起こさせます。

油彩やエマルジョン、アクリル、シェラックを厚く重ね、粘土、枯れたバラの花びら、古い軍服や制服、金箔、藁、布地、鋼、木炭などがコラージュされた重層的なマチエール。空っぽの軍服が硬く垂れ下がりながらも花びらで溢れ、生と死のサイクルを体現しています。金箔のわずかな輝きが、荒廃した大地に淡い希望を投げかけ、階段を上る私たちの足元に歴史の重みと時間の流れを静かに感じさせてくれます。
ゴッホの《ひまわり》を連想させる「花」のイメージを重ねながら、戦争の無意味な繰り返しと芸術による再生の可能性を問いかける、まさに展覧会の魂ともいえる一作でした。


もう一つの新作《Steigend, steigend, sinke nieder》(昇り、昇り、沈みゆく)は、天井から吊るされた鉛のフィルムのようなリールに、キーファーのアーカイブ写真が連なっていて不思議な浮遊感を湛えています。《Steigend, steigend, sinke nieder》(昇り、昇り、沈みゆく)というタイトルはゲーテの『ファウスト』に由来します。上昇と下降の二重性が、歴史の重みと永遠の循環を象徴。鉛の重厚さが人類史の重荷を物理的に体現し、ゆらぐ写真の群れは過去の記憶が重力に引かれながらも抗う姿を静かで不穏に描き出します。

この二つの新作は希望と喪失の対比を織りなし、初期作品から現在の問いかけへとつながる流れを生み出していました。階段を上りながら仰ぎ見た瞬間、胸に迫った重さと儚さが忘れがたい記憶として残っています。
アムステルダム市立美術館が守ってきた初期の輝き
展覧会では、アムステルダム市立美術館の所蔵するすべてのキーファー作品が並べられていました。
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| 《Innenraum》(1981年) |
《Innenraum》(1981年)は、ナチス時代の建築家シュペーアらの未完プロジェクトをモチーフにした荒廃した室内空間。厚く塗り重ねられた絵具とシェラックのひび割れが、歴史の重みを体にのしかからせます。
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| 《Märkischer Sand》(1982年) |
《Märkischer Sand》(1982年)は、砂や土を直接混ぜ込んだ広大な風景。戦後の荒廃した土地と記憶の堆積を、物質そのもので感じさせる力作です。
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| 手前:《Voyage au bout de la nuit》、奥:《Untitled》 (1989年) |
また、鉛で作られた小型のB-1爆撃機を模した彫刻《Voyage au bout de la nuit》も、戦争の無意味さと人類史の重荷を静かに語りかけ、初期作品群と新作の間をつなぐ重要な存在でした。

重く毒性のある鉛が、戦争の残渣と人類史の重荷を体現します。腐食したような質感の機体は、ナチス時代の軍事力と破壊の無意味さを象徴し、空虚な姿で沈んでいきそうです。
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| 《Die Frauen der Revolution》 (The Women of the Revolution, 1986年) |
《Die Frauen der Revolution》 (The Women of the Revolution, 1986年)は革命の女性たちをテーマにした作品で、乾燥した花や文字を重ねた繊細なマチエールが特徴です。歴史上の女性像を、枯れた花びらとともに描き、記憶の儚さと永続性を象徴します。キーファーらしい物質性で、革命の理想とその喪失を静かに問いかけ、この展覧会では階段ホールを使ったインスタレーション《Sag mir wo die Blumen sind》(花はどこへ行った)の花のモチーフと響き合い、再生のテーマを深めていました。胸に残る優しい痛みを感じる作品です。
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| 《Field of the Cloth of Gold》の部屋 |
《Field of the Cloth of Gold》は黄金の麦畑を舞台に、錆びた鎌や麦、鉛などの素材を重ね、破壊と美の緊張、戦争の余波とヨーロッパ史の激動を視覚に訴えています。無限に広がる風景が、創造と破壊の循環を静かに語りかけ、観る者に深い余韻を残す圧倒的な一連の作品群です。
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| AxeAge - Wolf-Age, 2019 |

これらの作品は、アムステルダム市立美術館が長年守ってきたキーファーの原点と、この展覧会のために生まれた新作が美しく呼応し、全体を一つの壮大な物語にまとめ上げていました。初期の鋭い問いかけが、今も色褪せずに響いているのを感じました。
問いかけが残す温かな余韻
開催から約一年が経った今振り返ると、この展覧会は単なる回顧ではなく、キーファーがオランダとゴッホに捧げた静かな対話であり、同時に人類の愚かさと芸術の持つ再生の力への深い省察でした。
「花はどこへ行った」という問いかけは、痛みとともに温かな余韻を残し、私たちに「いつになったら学ぶのか」と問い続けます。
キーファーの世界を初期から認め、力強く支え続けてきたアムステルダム市立美術館だからこそ開催できた展覧会でした。
▼同時開催されたゴッホ美術館での展覧会についての記事
▼オランダ、フォーリンデン美術館で開催されたキーファー展
▼マーク・マンダースの大きな展覧会














