この城はナスル朝の建築様式を色濃く残しつつ、昨年訪れたグラナダのアルハンブラ宮殿とは全く異なる、無骨で力強い印象を与えます。
ヒブラルファロ城のある丘へと続く道は、マラガ砦(アルカサバ、Alcazaba)の右側から始まります。
(注:マラガ砦とヒブラルファロ城は直接つながっておらず、別々の入口です。かつては「コラチャ」と呼ばれる壁付きの通路で結ばれていましたが、現在は独立しています。)
マラガ砦(Alcazaba)の入口。右の影になったところにある道をのぼっていきます。標高132メートルの丘の上に位置するヒブラルファロ城は、14世紀にナスル朝のユスフ1世(在位1333-1354)によって築かれました。起源はフェニキア時代の灯台跡に遡り、名前の由来はアラビア語の「ジャバル」(山)とギリシャ語の「ファロス」(灯台)を組み合わせた「ジバル・アル・ファロ」なんだそうです。
つまり、城へ向かう道はちょっとした坂道です。
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| ヒブラルファロ城はこの坂道をのぼっていきます |
まさに軽い山登り(笑)
日陰の少ない石畳の急な坂なので、歩きやすい靴はもちろん、日差しの強い時期は帽子と十分な水分補給が欠かせません。
登り続けると、眼下にマラガの街並みと地中海が広がり始めます。
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| ラ・マラゲータ闘牛場 |
途中、ラ・マラゲータ闘牛場(Plaza de Toros La Malagueta)の赤い円形建築がよく見えます。
石畳の道をのぼりきり、チケットを購入して、入口に無造作に置かれている地図を入手して、いざ、入場。
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| 地図 |
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| 地図の裏面 |
ただ、この地図がかなり簡略化されているうえ、私が方向音痴なせいもあってほとんど役に立たず……結局、他の観光客の流れに身を任せて、資料館③と展望塔⑤へとたどり着きました。
(この記事を書いていて気づいたのですが、この地図、北が下・南が上になっている……。それに気づかないのが方向音痴+地図が読めない人)
資料館③では軍事関連の展示物が多く並んでいて、「なぜ城の中にこんなものが?」と不思議に思っていたのですが、見ているうちに私がヒブラルファロ城とマラガ砦について根本的に勘違いしていたことに気づきました。
ヒブラルファロ城と「城」とついているし、マラガ砦はもともとアルカサバ(Alcazaba)とよばれていて要塞という意味なので、
ヒブラルファル城 = 城(宮殿的なもの)
マラガ砦 = 要塞
だと考えていたのですが、実際は、
ヒブラルファル城 = 軍事要塞
マラガ砦を守るための上部の砦
兵舎として機能
マラガ砦 = 宮殿兼要塞(居住空間を含む統治の中心)
という関係でした。ややこしい……。
資料館をあとにして、展望塔⑤へ行くと、360度のパノラマビューが目に飛び込んできました。
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| 左からスペインの国旗、アンダルシア州の旗、マラガの旗 |
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| ヒブラルファロ城から南西をのぞむ |
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| ヒブラルファロ城から南東をのぞむ |
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| ヒブラルファロ城から北側は山 |
南方向にはマラガの港と青く輝く地中海、そのほか三方向は街とその向こうに山々が連なる風景です。
このヒブラルファロ城とグラナダのアルハンブラ宮殿は、同じナスル朝の時代に築かれたものですが、目的も規模も大きく異なります。
アルハンブラ宮殿は広大な宮殿複合体で、ヘネラリフェの庭園まで含めた総合芸術作品。繊細な柱頭彫刻、漆喰のムカルナス(蜂の巣状の装飾)、水と光の詩的な演出が、訪れる人を異次元の美の世界へ誘います。
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| アルハンブラ宮殿、グラナダ |
対してヒブラルファロ城は、軍事目的一辺倒の要塞。厚い壁と戦略的な塔の配置が原始的で力強い「機能美」を体現しており、アルハンブラの装飾美とは対照的です。
歴史的に見ても、ヒブラルファロ城は1487年のカトリック両王イサベル1世(カスティーリャ女王)とフェルナンド2世(アラゴン王)による3か月にわたる包囲戦を耐え抜いた要塞です。最終的には飢餓により陥落したものの、この出来事はレコンキスタの重要な象徴となり、城の役割を軍事から象徴的なものへと変えました。

グラナダのアルハンブラがナスル朝の絶頂期の華やかさを示すなら、マラガのヒブラルファロ城は辺境を守る現実的で強靭な帝国の姿を表しています。両方を訪れることで、アンダルシアのイスラム文化が一面的な輝きではなく、多層的で奥深いものだったと実感できました。











