【マラガ旅行15】「片腕の貴婦人」マラガ大聖堂 ~未完の美しさとレコンキスタの記憶~Catedral de Málaga in Spain

2026年4月17日金曜日

スペイン マラガ旅行2026

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マラガの街を歩いていると、足元から歴史の温もりが伝わってくるような気がします。この街は、フェニキア人、ローマ人、そして長いムーア人の時代を重ね、今なお多層的に歴史を重ねています。古代の港町として栄え、イスラム支配下でアルハマ・モスクが街の中心に聳えていた場所に、今日のマラガ大聖堂は建っています。


昨年2025年、私はグラナダのアルハンブラ宮殿と王室礼拝堂を訪れました。レコンキスタの完了を示す降伏協定の調印がなされたのがアルハンブラ宮殿であり、そのレコンキスタを行った二人の王が眠っているのが王室礼拝堂です。カトリック両王イサベルとフェルナンドのレコンキスタの物語を実感したことを今でも鮮やかに覚えています。1492年のグラナダ陥落が、ただの政治的事件ではなく、信仰と文化の大きな転換点だったことを肌で感じた旅でした。

アルハンブラ宮殿、グラナダ
 
王室礼拝堂、グラナダ
そして2026年の冬、私はマラガのマラガ大聖堂(正式名称:Santa Iglesia Catedral Basílica de la Encarnación、エンカルナシオン大聖堂)を訪れました。

1487年のマラガ征服直後、カトリック両王の命により旧アルハマ・モスクの跡地に建てられたこの大聖堂は、レコンキスタ完了後に最初に建築を計画された教会で、キリスト教の勝利を象徴するはずの存在です。でも、私の心を静かに、深く捉えたのは、その荘厳さではなく、未完の美しさでした。地元の人々が愛情を込めて「La Manquita(片腕の貴婦人)」と呼ぶ姿は、完璧を追い求める人間の儚さと、歴史がもたらす現実の厳しさを象徴しているようです。

「片腕」と呼ばれる北塔

ヒブラルファロ城から眺めると、大聖堂の屋根と塔の片側が、素朴な石壁のまま残されているのが見えます。外観はルネサンスの理想を体現したスペイン建築の縮図のよう。1487年の征服後、旧モスクの跡地に計画され、1528年に本格的に着工しました。資金難で長く続き、1782年に完成宣言が出されましたが、南塔は未完のままです。この「片腕」が「La Manquita」という愛称を生みました。

ヒブラルファロ城から見た大聖堂。屋根と塔の反対側の壁は工事中
ルネサンスの調和とバロックの劇的な対比が優しく交錯する、アンダルシアならではの表情です。イタリアの巨匠たちの影響を受けながら、地元の石工たちが織りなしたムデハル様式の柔らかな曲線が、スペインの強い陽光の下で息づいています。

午後の光に砂岩の外壁が暖かなオレンジ色に染まる様子は、大変美しいものでした。



現在、大聖堂の入口は正面ではなく横に設けられています。


入口はこちら

内部に一歩足を踏み入れると、息をのむような空間が広がります。高さ42メートルの天井が荘厳なヴォールトを描き、中央の身廊にはドーリア式とコリント式の柱が整然と並んで、人間中心の比例美を体現しています。アンダルシアの風土が添えるのは、黄金の祭壇やステンドグラスからこぼれる柔らかな光の戯れ。ここにはゴシック、ルネサンス、バロック、ネオクラシックと、さまざまな時代が層を成し、250年以上にわたる静かな時間の堆積を感じさせます。




マラガ大聖堂とグラナダ大聖堂の比較


マラガ大聖堂とグラナダ大聖堂は、どちらもディエゴ・デ・シロエの影響を受けていてアンダルシア・ルネサンスの双璧をなします。


グラナダ大聖堂

グラナダ大聖堂

旧モスク跡地に建てられ、ゴシックとルネサンスのハイブリッドという点が共通しています。グラナダが五身廊の壮大で記念碑的なスケールを感じさせるのに対し、マラガは三身廊のコンパクトさと、オレンジやピンクなどの色石が使われていて温かみを感じます。





マラガ大聖堂の礼拝堂

受肉の礼拝堂(Capilla de la Encarnación)

主祭壇の真後ろにあるカピージャ・デ・ラ・エンカルナシオン(Capilla de la Encarnación、受肉の礼拝堂

大聖堂全体が捧げられる「ラ・エンカルナシオン(受肉の神秘)」の中心です。1785年頃に完成した祭壇は、ベントゥーラ・ロドリゲス関連のデザインのもとで制作され、中央の大理石「受胎告知」像、両脇のマラガの守護聖人像、そしてエンリケ・シモネの《聖パウロの斬首》があります。




サンタ・バルバラ礼拝堂(Capilla de Santa Bárbara)


1524年に制作され、元々は征服直後の古いモスク=カテドラルにあった祭壇画で、1592年頃に移設されました。スペイン内戦時には壁の裏に隠されて守られたという逸話もあります。

サンタ・バルバラ礼拝堂(Capilla de Santa Bárbara)

サン・フランシスコ礼拝堂(Capilla de San Francisco)


16世紀の葬祭美術の宝庫であるサン・フランシスコ礼拝堂では、フランシスコ会の精神と貴族・聖職者の墓所文化が息づいています。トルレス家の家族的な空間に、イタリア人彫刻家グリアエルモ・デッラ・ポルタ周辺作のブロンズ横臥像や大理石の墓碑が並び、17世紀初頭のバロック様式の祭壇画が聖人たちを優しく照らしています。


サン・フランシスコ礼拝堂

横臥のポーズがめずらしい

主祭壇


中央の聖母子像が置かれ、周りの絵画群がキリストの生涯を穏やかな筆致で綴っています。ベンチに腰を下ろし、ゆっくりと時間を過ごしました。



天井を見上げてみたところ

聖歌隊席(sillería del coro)

17世紀の木彫りの傑作で、ペドロ・デ・メナら巨匠の手による42体の聖人像が、細やかな表情と衣褶の動きで並んでいます。マホガニーの温かみと深い陰影がルネサンスの空間にバロックの豊かな息吹を溶け込ませています。







エンリケ・シモネの《聖パウロの斬首》


大聖堂のなかを歩いていて目を引いたのが、エンリケ・シモネの《聖パウロの斬首》です。19世紀ロマン主義の傑作として、マラガの近代美術を象徴します。劇的な光と影、感情の爆発が、静かな礼拝堂に現代的な深みを加えています。






マラガ大聖堂をあとにして


マラガ大聖堂は、完成を目指しながらも南塔を未完のまま残し、マラガの街並みを見守り続けています。この建築は、レコンキスタの象徴として計画された一方で、資金難による工事中断という歴史的事実、長い年月にわたる信仰の蓄積しています。そして今も市民から「La Manquita(片腕の貴婦人)」と親しまれています。

グラナダのアルハンブラ宮殿や王立礼拝堂がイスラム王朝の栄華とその終焉を示すのに対し、マラガ大聖堂はキリスト教的な勝利の象徴であったはずなのにいまだ未完であるということに歴史的ないたずらを感じました。




▶マラガ大聖堂公式サイト

▶昨年訪れたグラナダの記録



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ミイル。ブログ Miruu 管理人。オランダ芸術や街散策を中心に、美術だけでなく建築なども含めた芸術について広く紹介します。 Twitter: ミイル@miirublog

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