人の「移動」の物語を芸術で感じるロッテルダムの新たな文化スポット:FENIX Kunstmuseum in Rotterdam, the Netherlands

2025年7月7日月曜日

FENIX ロッテルダム 展覧会 美術館

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ロッテルダムのKatendrecht地区に2025年5月15日にオープンした FENIXは、世界初の「Migration(移住・移動)」をテーマにした美術館として注目を集めています。のオープニングには、アルゼンチン出身で移民の背景を持つオランダ王妃マキシマが参加し、式典に華を添えました。


FENIXは歴史的な港湾エリアに位置し、かつて数百万人が新天地を求めて旅立ったこの場所で、芸術を通じて「移動」の普遍的な物語を伝えます。政治的な議論を越え、愛、別れ、希望、アイデンティティといった人間の感情を、多様なアーティストの作品で表現するFENIXは、単なる展示空間を超えた特別な存在です。




FENIXの背景と意義


FENIXは、1923年に建てられたSan Franciscoloods(後にFenix IとFenix IIに分割)を改修して生まれました。この建物は、Holland-Amerika Lijn(オランダーアメリカ・ライン、HAL)を通じて多くの移民がアメリカやカナダへ旅立った歴史的な出発点です。




美術館の名前「FENIX」は、神話の不死鳥にちなみ、1940年代の爆撃や火災で被害を受けた建物が現代的な美術館として再生したことを象徴しています。

館長のAnne Kremersは、「『移動』は時代を超えた普遍的なテーマであり、すべての人の物語に繋がる」と語ります。

FENIXは、移民を政治的な枠組みから切り離し、芸術を通じて人間的な視点で描くことに重点を置いています。これにより、訪問者は自身の家族や「移動」の物語を振り返り、共感や新たな視点を得る機会を得ます。

2025年5月15日のオープニングセレモニーで、王妃は美術館の意義を称賛し、「移民の物語は私たち全員の物語であり、FENIXはそれを美しく、力強く表現している」と述べました。

アルゼンチン出身で、2002年にオランダ王ウィレム=アレクサンダーと結婚しオランダ王妃となったマキシマは、自身も移民としての経験を持ちます。彼女のルーツは、FENIXのテーマである「Migration(移住・移動)」と深く共鳴します。彼女の参加は、移民の経験をFENIXが肯定的かつ普遍的に捉える姿勢を象徴しています。


「Migration(移住・移動)」と「Immigration(移民)」の違い


FENIXのテーマを理解する上で、「migration」と「immigration」の違いは重要です。この言葉の使い分けは、美術館のコンセプトや展示の意図をより明確にします。

Migration(移住・移動)
一つの場所から別の場所への「移動」全般を指します。国内・国際、往復を問わず、広範で中立的な概念です。FENIXでは、移動の普遍性を強調し、展示「The Family of Migrants」で、現代の移動の物語を幅広く扱っています。たとえば、観光、難民、季節労働者など、さまざまな移動が含まれます。

Immigration(移民・入国)
特定の国に入国して定住する行為を指します。政治的・社会的な含意が強く、移民政策や市民権に関連します。

FENIXは「migration」を軸に、特定の「immigration」に限定せず、「移動」に伴う人間の経験を探求します。


なぜ「美術館」(Kunstmuseum)なのか?


これまで移民というテーマを扱うのは博物館(museum)が一般的でしたが、FENIXが美術館(kunstmuseum)として設立されました。それは従来の移民博物館が歴史や民族学に重点を置くのに対し、FENIXは芸術を主要な表現手段とし、非伝統的で創造的なアプローチを採用することで従来の移民博物館との差別化を図っているからです。

また、移民の物語を歴史的資料や事実の羅列や移民の苦労や辛さといったものを強調する従来の枠組みではなく、芸術の視覚的・感情的な力で伝えることを重視しています。たとえば、Yinka ShonibareやFrancis Alÿsの作品は、希望や喪失といった感情を強く呼び起こします。

そして、芸術を通じて共感や対話を生み出す場として機能することで、政治的議論を避け、移民・難民問題など対立しがちな問題に対して社会的対話の促進させようとしています。

この美術館形式により、FENIXは感情的かつ普遍的な体験を提供し、従来の枠を超えた文化的革新を目指しています。


注目の展示について

FENIXの展示は、歴史的な作品から現代アート、写真、インスタレーションまで、多様なメディアで移民の物語を伝えています。展示は2階に分かれており、1階には「The Family of Migrants」と「Kofferdoolhof(スーツケースの迷路)」、2階には「Alle Richtingen(すべての方向)」が開かれています。

1. The Family of Migrants

Edward Steichenの「The Family of Man」(1955年、MoMA)に着想を得た写真展です。55カ国から136人の写真家による194点の写真が、19世紀末から現代までの移民の姿を捉えます。移民、難民、観光、通勤、デートまで、移動の多様性を扱いますが、これらを同列に「移動」として扱うというFENIXの姿勢が象徴されています。





Ishiuchi Miyako, 1976

横須賀駅の様子。


右、中央)Alex Webb, 1979

黄色の花畑が広がり、映画のワンシーンのようにみえる写真では、アメリカの国境警備たちが違法に国境を越えてきたメキシコ人たちを逮捕している

2. Kofferdoolhof(スーツケースの迷路)

世界中から寄贈された2,000個のスーツケースを使ったインタラクティブなインスタレーション。40個のスーツケースにはQRコード付きのタグがあり、無料の音声ガイドで持ち主の物語(例:2022年のウクライナ避難者や1898年の中国移住者)を聞くことができます。


なかに入ると迷路のようになっていてまっすぐ進めない

ピンクのサムソナイトのスーツケースや古い革のトランク、行李などが部屋いっぱいに迷路のように積み重ねられていて、視覚的なインパクトも強いです。


年代物のトランクとカラフルなスーツケース


訪れた先のシールが貼られたトランク

壁に掲載されていた「移住とロッテルダムを101のステップで」という年表形式でロッテルダムに関わる移住の歴史がまとめられているものは大変興味深く、全て読みました。



ロッテルダムという都市が、市壁を築いて2000人の住人から始まった1340年から、FENIXが開館した2025年までがまとめられています。

そこにはロッテルダムから移民として旅立っていったアインシュタインやデ・クーニング、移民としてオランダにやってきたマキシマ王妃や前女王ベアトリクスの夫クラウス殿下の話、移民がもたらしたジェラートやオランダ名物カップサロンなどの歴史が記されています。


人類だけじゃなくて、ウイルスの移動も書かれています


3. Alle Richtingen(すべての方向)

FENIXのメイン展示で、100人以上のアーティストによる150点以上の作品が、移民の「移動」をテーマに展示されています。出発、到着、アイデンティティ、幸福、境界、逃避、帰属といったテーマを、絵画、彫刻、映像などで探求しています。

以下に、気になった作品を紹介します。




Yinka Shonibare, ‘Refugee Astronaut IX’ (2024):カラフルな布で作られた宇宙服を着た難民の彫刻。未来への希望と居場所を求める旅路の複雑さが表現されています。





Red Grooms, ‘The Bus’ (1995):ポップアート作家による布製のニューヨーク市バス。移民が新天地で感じる喧騒や活気を遊び心たっぷりに再現しています。日本やオランダとはちがった雰囲気を感じました。




Kimsooja, ‘Bottari Truck – Migrateurs’ (2007-2009):荷物を積んだ古いPeugeot 404のインスタレーション。移民の「荷物」に込められた記憶や人生を静かに訴えています。




Willem de Kooning, ‘Man in Wainscott’ (1969):ロッテルダム出身でアメリカに移民した抽象表現主義のデ・クーニングの作品。彼の移民経験を反映しているそうです。




ベルリンの壁の断片:歴史的な移動の障壁や解放を象徴しています。




塩田千春、State of Being (Passport), 2023:絡み合った黒い糸の中に、まだ東西ドイツに分かれていた時に、東ベルリンと西ベルリンに分かれて住んでいた男女のパスポートがあります。開いたページには、彼らが国境を越えて互いを訪ねていた頃のスタンプが押されています。





南蛮屏風、18世紀または19世紀初期:日本へ渡ったオランダ人の姿が描かれています。オレンジの髪と高い鼻など、当時の日本人が見たオランダ人の特徴が描かれています。


4. 二重らせん階段「Tornado」

FENIX中央にそびえる、MAD Architectsによる二重らせん階段「Tornado」は移民の旅路の複雑さを象徴しています。297枚のステンレススチールパネルと12,500枚の木材で作られ、24メートルの展望台へと繋がります。





階段の入口は二か所あります。二本の階段がらせん状に絡み合って、ガラスの天井を抜けて展望台へと繋がります。




二重らせん階段「Tornado」を使わなくても、エレベータで2階と展望台へと行くことができます。




ダイナミックにうねるトルネード。




画面中央が屋根のある部分が展望台です。



運河と高層ビル、中央奥にはエラスムス橋



Holland-Amerika Lijn(オランダーアメリカ・ライン、HAL)




展望台からはロッテルダムのスカイラインの眺めと、多くの移民がアメリカやカナダへ旅立った出発点Holland-Amerika Lijn(オランダーアメリカ・ライン、HAL)の建物を眼下に望めます。


5. Plein(広場)

展示場所ではありませんが、2,275平方メートルの屋内広場が、無料でアクセス可能な公共スペースとして用意されていました。




ここでは卓球台や世界中から集められたボードゲームがあり、地元住民の憩いの場となるような仕掛けがされてます。また、Pleinの一角に設けられてキッチンでは移民の食文化を体験できるワークショップを開いたり、多言語ワークショップなども企画されています。





美術館を超えた地域の文化ハブとして機能し、ロッテルダムの多様なコミュニティを包括する場所になりそうです。


ミュージアムカフェO-Anatolian Cafe

また、館内のカフェO-Anatolian Cafeはトルコ人のミシュラン星付きシェフMaksut Askarによるカフェです。トルコ・アナトリア地方の伝統的なストリートフードや家庭料理を基に多彩な食文化を融合した料理を提供しています。



「お坊さんがひっくりかえった(İmam Bayıldı 、イマム バユルドゥ)」というかわいい名前のアナトリア地方の料理。すごくおいしかった!


さいごに

FENIX Kunstmuseumは、ロッテルダムの歴史的な港で移民の物語を芸術と建築で紡ぐ新たな文化のランドマークです。Yinka Shonibareの『Refugee Astronaut IX』、Red Groomsの『The Bus』、スーツケースの迷路、Tornadoの展望台――これらすべてが、深い感動と新たな視点を与えてくれます。「Migration(移住・移動)」というテーマは、私たち全員に関わる普遍的なものです。FENIXは、そのさまざまな「移動」の物語を心に刻む場所だといえます。






FENIX
Paul Nijghkade 5
3072 AT Rotterdam.

  

▼ロッテルダムの特徴的な建築といえばここ、キューブ・ハウス
 

▼オランダの有名アート・コレクターのコレクション展
 

▼通称・ロッテルダムのガンダム。
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ミイル。ブログ Miruu 管理人。オランダ芸術や街散策を中心に、美術だけでなく建築なども含めた芸術について広く紹介します。 Twitter: ミイル@miirublog

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