館名「De Reede(デ・レーデ)」とは「船の停泊地」を意味し、16〜17世紀のネーデルラントが世界と結ばれた国際貿易の栄華を彷彿とさせます。船主でありコレクターのハリー・ルッテン氏が30年以上かけて収集した約300点の作品から、特にフランシスコ・ゴヤ、フェリシアン・ロップス、エドヴァルド・ムンクの3人の巨匠を軸に常設展示を行っています。
2017年の開館以来、このこぢんまりとした空間は巨匠たちが紙に刻んだ鋭く深い眼差しを、訪れる人々に静かに、しかし力強く伝え続けています。「大量生産ではなく、精密さと独自の技法をこそ求める」——コレクター、ルッテン氏の言葉通り、ここではエッチング、リトグラフ、木版画の細部を虫眼鏡でじっくりと覗き込むことができます。
2017年の開館以来、このこぢんまりとした空間は巨匠たちが紙に刻んだ鋭く深い眼差しを、訪れる人々に静かに、しかし力強く伝え続けています。「大量生産ではなく、精密さと独自の技法をこそ求める」——コレクター、ルッテン氏の言葉通り、ここではエッチング、リトグラフ、木版画の細部を虫眼鏡でじっくりと覗き込むことができます。
![]() |
| この虫眼鏡を使えば細部までじっくり見られます |
3人の巨匠の視線
1.フェリシアン・ロップス(Félicien Rops、1833-1898)
一階の受付とショップを抜けた一角。そこには、ベルギーが生んだ異端の画家ロップスのエッチング37点が並び、当時の社会の暗部を露わにしています。

「悪魔的」(Les Sataniques)や「聖アントニウスの誘惑」(La Tentation de Saint-Antoine)のシリーズが並んでいます。
霧がかかったような画面にエロスとタナトス(生と死)、悪魔などが浮かび上がるように描かれています。
《ポルノクラテス(Pornokratès)》
![]() |
| 《Pornokratès》 |
ロップスの版画でもっとも有名な作品のひとつ《ポルノクラテス(Pornokratès)》。
この作品では、目隠しをされ、優雅な帽子と手袋、ストッキングを身に着けたほぼ全裸の女性が、豚をリードで引いて堂々と歩みを進めています。
女性の足元には、古典的な古代彫刻や芸術を象徴するフリーズ(彫刻の帯状装飾)が描かれ、彼女がその上を踏みつけているように配置されています。ここに表現されているのは、当時のアカデミズム(伝統的な美術教育や古典主義)を象徴する芸術に対する強い反発です。
また、目隠しされた女性は道徳や理性から目を覆われ、豚が表す低俗な本能や肉欲に導かれるままに進む姿を通じて、ブルジョワ社会の偽善や堕落を鋭く風刺しています。
ロップスは、この作品で19世紀末の退廃的な女性像—ファム・ファタール(運命の女)—を象徴的に描き、性、死、悪魔的な要素を融合させた独自のスタイルを示しました。

全体の大まかなタッチに対し、ストッキングと靴だけが異様に細密に描かれている点に、ロップス特有のフェチズムと執着が感じられ、見る者を圧倒します。
![]() |
| ほかのバージョンも一緒に展示されています。 |
2.フランシスコ・ゴヤ、Francisco Goya(1746-1828)
スペインの巨匠ゴヤのエッチング140点以上を所蔵するこのセクションは、まさに圧巻です。![]() |
| ゴヤの自画像 |
『ロス・カプリチョス(気まぐれ)』(Los Caprichos)
『ロス・カプリチョス』は1799年に出版された全80点からなる銅版画集です。題名に使われている「カプリチョス」は気まぐれ、戯れ、奇想などを意味します。ゴヤはこの版画集で、当時の古い考えにしばられたままのスペイン社会のあり方を諷刺したといわれています。



Los Desastres de la Guerra(戦争の惨禍)
ナポレオンによるスペイン侵攻(1808〜1814年の対仏独立戦争)を目の当たりにしたゴヤが、戦争の残酷さ・無意味さ・人間の愚かさを容赦なく描き出した歴史的な反戦作品として知られています。

戦争の悲惨さを極限まで突きつける作風は、現代の戦争報道写真や反戦アートにも大きな影響を与え続けています。
3.エドヴァルド・ムンク、Edvard Munch(1863-1944)
ノルウェーの表現主義者ムンクによる、32点の石版画・木版画が並びます。![]() |
| ムンク《自画像》1895年 |
The Scream(叫び)
有名な油彩の影に隠れがちですが、1895年のリトグラフ版は必見です。背景の渦巻きに刻まれた「版木の木目」が、かえって人物の心理的な不安を増幅させているのが分かります。
《叫び》1895年![]() |
| ほかのバージョンも。上: Alpha's Despair, 1908-1909、下: The Storm, 1908-1909 |
![]() |
| アンディ・ウォーホルのカラフルな《叫び》 |
マドンナMadonna
官能的な聖母の周囲に、生命の源や死を連想させるモチーフが配置され、生と死の境界を象徴的に描き出しています。![]() |
| 《マドンナ》1895-1902年 |
紙一枚に宿る、剥き出しの真実
これらの作品はすべて、リトグラフ、エッチング、木版画といった紙の上に表現された作品です。油彩画のような厚塗りの装飾や、壮大なキャンバスの大きさによる圧倒はありません。しかし、だからこそ作家の指先の震え、彫刻刀の迷いのない一太刀、そしてインクが紙に染み込む瞬間の濃度が、ダイレクトに伝わってきます。
光に弱い紙の作品を守るため、展示室はあえて照明を落としています。暗闇の中で浮かび上がるモノクロームの世界は、私たちの視覚を研ぎ澄ませ、作家が対峙した「孤独」や「狂気」を追体験させてくれるのです。
Museum De Reedeはたった3室の小さな空間ですが、作品の質・量ともにグラフィックアート特化型としては世界的に見ても極めて稀有な存在です。
アントワープ王立美術館(KMSKA)やモード美術館(MoMu)のような華やかなスポットの影に隠れがちですが、版画に少しでも興味がある人なら、時を忘れて没頭してしまうはず。
さいごに——「紙は嘘をつかない」
ゴヤは戦争の真実を、ロップスは社会の偽善を、ムンクは魂の叫びを——。彼らは銅版・石版・木版という、やり直しのきかない「嘘をつけないメディア」に自らの思想を刻みました。紙一枚に宿る「批評の刃」を、ぜひ肌で感じてください。
💡旅のヒント💡
版画作品に興味があるなら、近くの「プランタン=モレトゥス博物館(世界遺産)」とセットで訪れるのがおすすめ。活版印刷の歴史に触れたあと、デ・レーデで版画芸術の深淵に触れる、そんな「紙とインクの1日」を過ごしてみてはいかがでしょうか。
▼デ・レーデ美術館の公式サイト
▼2024年に印象に残った展覧会の一つがプランタン=モレトゥス博物館で開催されたアンソールの版画の展覧会でした。
▼2026年夏、《真珠の耳飾りの少女》は日本に行きます!
▼デ・レーデ美術館の向かい立つ「石の城」
▼修復後の作品は色彩の輝いて別の作品かと思いました。








0 件のコメント:
コメントを投稿