オランダ・ワッセナーのフォーリンデン美術館で2025年9月20日から2026年1月18日まで開催された個展「Mindstudy(マインドスタディ)」展は、マンダースの40年にわたる思索の集大成です。80点以上の彫刻やインスタレーションが入り混じる空間は、ほかに類を見ない展示となっていました。
目次
未完の迷宮:40年続く「自己肖像としての建物」
1. 静止と秩序:黄色い垂直線が繋ぎ止める「人間性」|Composition with Four Yellow Verticals(4本の黄色い垂直線のある構成),2017-2019
2. ネットさえ侵食する「狂気」:言葉とメディアの操作|Room With All Existing Words(既存のすべての言葉がある部屋), 2005-2022
3. 日常の歪み:88%のスケールが揺さぶる身体感覚
4. 遺棄された記憶の先へ:庭園に続く物語の終着点|Parallel Occurrence(並行発生)、Abandoned Room, Constructed to Provide Persistent Absence(永続的な不在を提供するために構築された、見捨てられた部屋)
さいごに:自分自身の「建物」を見つける旅
未完の迷宮:40年続く「自己肖像としての建物」
マンダースを語る上で欠かせないのが、1986年から続く壮大なプロジェクト「Self-Portrait as a Building(自己肖像としての建物)」です。
これは、架空の「マーク・マンダース」という人物が住む巨大な建物を作品を通じて構築し続けるという試みで、展示される彫刻や家具はすべてその「建物」の断片であり、思考の結晶というものです。
特筆すべきはその異様なまでの質感とスケール感。ブロンズを湿った粘土のように見せる卓越した技法や家具をあえて「88%のスケール」で制作する手法は、鑑賞者の現実感をじわじわと、しかし確実に狂わせてきます。(私も狂わされました)
この「建物」の主は現実のマンダースではなく「神経質で敏感、人工世界にしか存在できない存在」です。私は展示を巡ることで、その人物の記憶や神経症、そしてかすかな希望を追体験しました。
以下に、特に私の心を揺さぶった(狂わせた)作品を紹介します。
1. 静止と秩序:黄色い垂直線が繋ぎ止める「人間性」|Composition with Four Yellow Verticals(4本の黄色い垂直線のある構成), 2017-2019
フォーリンデン美術館の洗練されたホワイトキューブの中に、突如現れた「制作途中」の作品が置かれたアトリエのような空間。
指跡やヘラの跡が残る粘土の表面、崩落を防ぐために差し込まれた木の板。今さっきまでアーティストがそこにいたかのような生々しさがありますが、実は、これらは「ブロンズ」で作られています。

この作品に視覚的なノイズを与えている、顔に差し込まれた「4本の黄色い垂直線」。
この黄色い直線と題名に使われた「Composition」という言葉、そしてマーク・マンダースがオランダ出身だということが重なって、私の頭の中にある有名なオランダ人アーティストの名前が浮かび上がりました。
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| Piet Mondrian, Victory Boogie Woogie |
ピート・モンドリアン。
モンドリアンは、世界の本質を「水平・垂直」の線と「赤・青・黄」の三原色で表現しようとする「新造形主義(デ・スタイル)」を提唱しました。マンダース作品のタイトルに含まれる「Composition(構成)」や「Verticals(垂直線)」という言葉自体がモンドリアンを想起させます。
マンダースは、モンドリアンがキャンバスの中で追求した「純粋な均衡」を、3次元の彫刻空間に持ち込んだのではないでしょうか。
また、モンドリアンが画面上で動きを止めて普遍的な真理を求めたように、マンダースもまた、黄色い垂直線を用いて、崩れそうな粘土の頭部に「静止」と「秩序」を与えています。
バラバラになりそうな精神をこの4本の黄色い線が背骨のように繋ぎ止めている。崩れゆく人間性を「秩序」で保とうとする、痛々しいほどの緊張感が漂っています。
2. ネットさえ侵食する「狂気」:言葉とメディアの操作|Room With All Existing Words(既存のすべての言葉がある部屋), 2005-2022

マンダースというアーティストの「狂気」を最も感じたのがこの作品です。
彼は「すべての英語の単語」が載った新聞から、伝説上の片足の生き物「スキアポッド(skiapod)」という言葉を選びました。スキアポッドとは、片足の生き物で、巨大な足を日傘代わりに使う神話に由来する伝説上の存在です。

マンダースはこの実在する古い単語を取り上げ、架空の歴史・物語を新たに創作し、それをもとに彫刻、ドローイング、写真、出版物、ランプや日常のオブジェ至るまでさまざまなものを作り、メディアに拡散させました。
その結果、なんとWikipediaを含むネット上の記述までもがマンダースの創作に塗り替えられてしまったのです。 事実と虚構が混濁していくプロセス。言葉の意味さえも操作しようとする彼の執念に、私はゾッとするような恐ろしさを覚えました。
3. 日常の歪み:88%のスケールが揺さぶる身体感覚
この展覧会は全体で架空の「マーク・マンダース」という人物が住む巨大な「建物」を構築しています。上にあげた二部屋は、この建物の中で「アトリエ」と「資料室(?)」としての役割をもった部屋でした。
この二部屋以外にも、生活を行うための部屋がありました。しかし、そこに置かれたすべてのものが少し小さく(88%のスケール)、そして妙に整っていて、現実感がじわじわ揺さぶられました。
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| リビングルーム |
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| バスルーム |
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| ベッドルーム |
4. 遺棄された記憶の先へ:庭園に続く物語の終着点|Parallel Occurrence(並行発生)、Abandoned Room, Constructed to Provide Persistent Absence(永続的な不在を提供するために構築された、見捨てられた部屋)
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| Parallel Occurrence, 2015-2023 |
美術館の庭に設置された巨大なインスタレーションです。ソファから始まり、椅子、布やロープにつながり犬が咥えた手紙で終わります。マンダースがソファに座っているときに思索して得たインスピレーションををさまざまな素材使って表現し、最終的にメッセージとして伝えようとしているようです。しかし、その手紙は鑑賞者の頭のはるか上にあって、届けられることはありません。
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| Abandoned Room, Constructed to Provide Persistent Absence, 2018-2024 |
さきほどの作品Parallel Occurrenceの道を進んで、さらに小川を渡ったところにあった作品です。さきほど手紙を咥えていた犬でしょうか。瘦せた姿で横たわり、息絶えています。届けられなかったメッセージ、あるいは遺棄された記憶なのかもしれません。
「Abandoned Room(見捨てられた部屋)」という作品タイトルから、この庭園も含めて美術館全体が架空の「マーク・マンダース」という人物が住む巨大な建物であることが再認識させられます。
さいごに:自分自身の「建物」を見つける旅
「Mindstudy(マインドスタディ)」というタイトルの通り、この展示は単なる作品の羅列ではなく、一人の人間の思考回路という迷宮を歩き回る体験そのものでした。
88%に縮小された家具に囲まれ、ブロンズに偽装された粘土の生々しい質感に翻弄され、さらには一人のアーティストによって「言葉の歴史」さえもが意図的に書き換えられた事実を突きつけられたとき、私は自分が信じている「現実」がいかに脆く、あやふやなものであるかを思い知らされました。
しかし、4本の黄色い垂直線が崩れかけた頭部を懸命に支えていたように、私たちの生もまた、混沌とした狂気と、それを繋ぎ止める秩序の危うい境界線の上に成り立っているのでしょう。
美術館をあとにしても、自分の現実が少しだけズレているような、不思議な余韻が続きました。
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| Dry Clay Head, 2015-1016 |
▼フォーリンデン美術館の公式サイト










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