数百年前の英国貴族のイタリア旅を、マウリッツハイス美術館で追体験した~The Grand Tour – Bestemming Italië at Mauritshui in Den Haag

2026年1月26日月曜日

デン・ハーグ マウリッツハイス美術館 展覧会

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オランダのハーグにあるマウリッツハイス美術館(Mauritshuis)で、2025年9月18日から2026年1月4日まで開催されていた「グランド・ツアー :イタリアへの旅」(The Grand Tour – Bestemming Italië)へ足を運びました。




この展覧会は、17世紀から18世紀の英国の若き貴族たちがたしなみとした「教育旅行」であるグランド・ツアーをテーマに、イタリアの風景や文化を捉えた名作を集めていました。現代の海外旅行の原型とも言えるこの旅を、貴重な「土産」とした持ち帰った芸術品を通じて追体験する展示となっていました。



目次
グランド・ツアーとは?
英国邸宅からやってきた名作たち
1.「ヴェドゥータ(都市景観画)」:場所の記憶を鮮明に閉じ込める
 ▶カナレット《ヴェネツィアの大運河、西を望む ― ドガーナ・ディ・マーレとサンタ・マリア・デッラ・サルーテを伴って》
 ▶カナレット《ヴェネツィアのサン・マルコ広場、西を望む》
 ▶チェザーレ・アグアッティ《ヴェスタ神殿(ミクロモザイク)》
 ▶ピエトロ・ファブリスの《1767年のヴェスヴィオ山の噴火》
2.肖像画:旅の「最高の一枚」を求めて
 ▶ポンペオ・バトーニ《トマス・ウィリアム・コークの肖像》
おわりに:時代を超えて響き合う「旅の情熱」





グランド・ツアーとは?

イタリアが「究極の目的地」だった理由グランド・ツアーは、17世紀後半から19世紀初頭にかけて、主に英国の上流階級の若者たちが行ったヨーロッパ大陸横断の旅のことです。大学卒業後、フランスやドイツを経て、最終目的地であるイタリアで古典芸術や教養を身に付けるのが当時のエリートたちの定番でした。

彼らがイタリアを目指したのは、ルネサンスの遺産や古代ローマの息吹が色濃く残る、まさに「文化の源泉」があったからです。ローマの遺跡、ヴェネツィアの運河、ナポリのヴェスヴィオ火山を訪れた若き貴族たちは、その感動を記録に残すべく、腕利きの画家に風景画や肖像画を依頼しました。それらと当地で買い求めた美術品を持ち帰り、英国の邸宅を飾りました。

会場には絵画だけでなく、当時の日記や手紙も展示されていました。そこには「馬がバテてしまった」「馬車が故障して立ち往生した」といった生々しい愚痴も記されており、現代の私たちがフライトの遅延にため息をつくのと変わらない、旅の苦労がうかがえて親近感を感じました。



英国邸宅からやってきた名作たち

今回の目玉は、英国の名門邸宅――バーグリー・ハウス(Burghley House)、ホルカム・ホール(Holkham Hall)、ウォバーン・アビー(Woburn Abbey)から特別に貸し出された約50点の作品です。多くがオランダ初公開で、グランド・ツアーの「土産」として持ち帰られたものです。現在、これらの作品を有している英国の名門邸宅は現在リノベーション工事中であるため、その期間を利用して貴重な作品がマウリッツハイス美術館に貸し出されることになったそうです。

今回の展示でとくに観る者を惹きつけたのは、旅の情景を切り取った「ヴェドゥータ(都市景観画)」と、旅のステータスシンボルであった「肖像画」でした。




1.「ヴェドゥータ(都市景観画)」:場所の記憶を鮮明に閉じ込める

▶カナレット《ヴェネツィアの大運河、西を望む ― ドガーナ・ディ・マーレとサンタ・マリア・デッラ・サルーテを伴って》



Giovanni Antonio Canal, The Grand Canal in Venice, Looking West, with the Dogana di Mare and the Santa Maria della Salute, c.1732-1736




写真が存在しない時代、貴族たちが競って買い求めたのがこの精密な風景画です。

光の透明感、建築の精密さ、水面のきらめきは、まさに「グランド・ツアーのお土産」として最も人気のあったジャンルそのものです。




写真のない時代、貴族たちは彼の描く精密で輝かしいヴェネツィアの運河や広場の風景画を競うように買い求めました。 この作品では、アドリア海の柔らかな光が水面に反射し、ゴンドラが往来する活気ある街並みが、まるで時が止まったかのように美しく描かれています。英国の邸宅に飾られたこの絵は、帰国後の彼らにとってイタリアの風を感じる窓のような存在だったのでしょう。

ヴェネツィアを訪れた貴族が「これを家に持ち帰りたい!」と思った気持ちがそのまま伝わってくる作品です。




▶カナレット《ヴェネツィアのサン・マルコ広場、西を望む》


Canaletto, The Piazza San Marco in Venice, Looking West, c.1732-1736


サン・マルコ広場の西側(プロクーラティエ・ヌオーヴェ側)から東向きではなく西向きに見ており、前景に広場全体が広がり、中央奥にサン・ジェミニアーノ教会(当時の建物、後にナポレオン時代に取り壊された)が描かれ、広場の広大さと建築の荘厳さが伝わります。

広場には貴族、商人、観光客風の小さな人物が点在し、当時のヴェネツィアの活気と社交の場としての雰囲気を伝えています。石畳の質感まで精密に描き分けられ、まるで「今そこにいる」ような臨場感があります。




そして、窓辺に置かれている植木鉢の花や生活感あふれる洗濯物!こういう細部がイタリアを離れて英国に帰ってからも懐かしく思い出す「生活の匂い」なのでしょう。



▶チェザーレ・アグアッティ《ヴェスタ神殿(ミクロモザイク)》


Cesare Aguatti, Micro-mosaic of the Temple of Vesta, 1774


ヴェドゥータ(都市景観画)のなかで異色を放っていた作品です。




一見すると絵画のようですが、実はこれ、極小のガラス片を組み合わせて作られたミクロモザイク(mosaici minuti / micromosaic)です。

この作品は18世紀後半のローマで流行したミクロモザイク技法の初期の傑作のひとつで、極小のガラスや石の欠片を何千・何万個も貼り合わせて描かれています。超絶技巧で制作されたこの作品を見ながら土産話に花が咲いたことだろうと思います。



▶ピエトロ・ファブリスの《1767年のヴェスヴィオ山の噴火》


Pietro Fabris, The Eruption of Vesuvius in 1767


この展覧会でもっともドラマチックな作品の一つが、このピエトロ・ファブリスの《1767年のヴェスヴィオ山の噴火》です。



山肌が大きく崩れて露わになった新しい噴火口や、迫りくる溶岩の生々しさに圧倒される一枚です。

この作品は1767年10月に実際に起こったヴェスヴィオ山の大噴火をの様子を捉えた作品で、ブラウンロー・セシルがグランド・ツアー中に現地で購入したものです。裏面にはブラウンロー・セシル自身の筆跡でタイトルが記されているほど、個人的に大切にしていた作品だったそうです。



2.肖像画:旅の「最高の一枚」を求めて

▶ポンペオ・バトーニ《トマス・ウィリアム・コークの肖像》


中央: Pompeo Batoni, Portrait of Thomas William Coke,1774
作品の写真を撮ったはずなのになかったので展示室風景ですみません。

「グランド・ツアーの肖像画といえばバトーニ」と言われるほど、画家ポンペオ・バトーニはローマを訪れる旅行者たちの間で絶大な人気を博しました。

展示室の奥、中央にあった大きな肖像画は、若きトマス・ウィリアム・コーク(後の大収集家の甥)がローマ滞在中にバトーニに依頼した典型的な「グランド・ツアー・ポートレート」です。背景にはバチカン美術館所蔵の有名な古代ローマ彫刻が意図的に描き込まれており、当時の貴族が「私はローマにいた」「私はイタリアで供用を深め、古典文化を理解している」という最高のステータスの表明となっています。

現代の私たちがSNSに有名観光地で撮影した写真をアップする心理と驚くほど似通っている気がします。



おわりに:時代を超えて響き合う「旅の情熱」

展示を観終えて強く感じたのは、「旅の本質は今も昔も変わらない」ということです。

この記事には載せませんでしたが、馬車での険しいアルプス越えや慣れない異国でのトラブルといった日記の記述は、当時の旅がいかに過酷であったかを伝えています。しかし、それを上回るほど展示室に溢れていたのは、未知なる文化への好奇心とそれに触れた瞬間の高揚感でした。

英国の邸宅を飾ったこれらの名作は単なる美術品ではなく、若者たちが広い世界へ飛び出し、自分の目で見、感じた「記憶の断片」そのものです。マウリッツハイス美術館の静かな空間で、数百年前の若者たちが持ち帰った熱狂を追体験できたことは、私にとっても新たな「知のグランド・ツアー」となりました。そのうえで、グランド・ツアーのエリート主義や歴史的背景を現代の倫理でどう捉えるかというのが今後の課題になってくるのではと思います。

▼マウリッツハイス美術館の公式サイト






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ミイル。ブログ Miruu 管理人。オランダ芸術や街散策を中心に、美術だけでなく建築なども含めた芸術について広く紹介します。 Twitter: ミイル@miirublog

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