男性名で闘った女性アーティスト、マルテ・ドナスの再発見:忘れられた暖色キュビズム~Donas, Archipenko & La Section d’Or. Enchanting Modernism at KMSKA in Atwerp

2026年1月7日水曜日

KMSKA アントワープ アントワープ王立美術館 展覧会

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最低気温が氷点下になりもうすっかり寒くなってしまいましたが、まだ秋の陽光が柔らかく差し込んでいた10月にアントワープ王立美術館(Koninklijk Museum voor Schone Kunsten Antwerpen、以下KMSKA)へ足を運びました。目的は、ちょうど開幕したばかりの展覧会「ドナス、アーキペンコとセクション・ドール(黄金分割):魅惑のモダニズム(Donas, Archipenko & La Section d’Or. Enchanting Modernism)」を見るためです。

左の写真がアーキペンコで、右の写真がマルテ・ドナス

アントワープ出身の女性画家、Marthe Donas(マルテ・ドナス、1885-1967)を中心に据えたこの展覧会は、女性アーティストとして厳しい時代を切り拓いたドナスの作品をまとめてみることができ、彼女の国際的なアヴァンギャルドな活躍を振り返る貴重な機会となりました。


アントワープの娘、ドナスの軌跡:抑圧から解放へ

ドナスは1885年、アントワープの裕福なブルジョワ家に生まれました。フランス語を話す上流家庭の娘として育ち、祖父がリアリストの画家だった影響で幼い頃から芸術に親しみますが、厳格な父親からは猛反対を受けます。

17歳でアントワープ王立美術アカデミーに入学したものの、わずか1ヶ月で引き抜かれ、美術の世界から遠ざけられてしまったのです。 そんな彼女の運命を変えたのが、1912年の衝撃的な事故です。ガラスの天窓から転落し、重傷を負ったドナスは、死の淵で「芸術家になる」という決意を固めます。以後、ダブリン、パリへ移り、女性差別を避けるために男性名「Tour Donas」(ツアー・ドナス)というペンネームで活動を開始しました。


Marthe Donas, Self Portrait, 1920

第一次世界大戦後のパリで、ドナスはウクライナ出身の彫刻家Alexander Archipenko(アレクサンダー・アーキペンコ)と出会い、恋に落ちます。この出会いが彼女のキャリアを加速させ、キュビズムのグループ「La Section d’Or」(黄金分割)を復活させる原動力になりました。レジェ、モンドリアン、ナタリア・ゴンチャロワらと肩を並べ、ヨーロッパから米国、日本まで展覧会で脚光を浴びました。


マルテ・ドナスを中心にした芸術家の関係図

しかし、1921年頃の経済的苦境と病でアントワープに帰りました。以降、忘れ去られた存在となりますが、近年再評価の機運が高まっています。


ドナスの色彩豊かな抽象世界

KMSKAの広々とした展示室を歩くと、まず目に飛び込んでくるのが暖色を多用したドナスの作品です。


Marthe Donas, Still Life with Coffee Pot, 1918(1917?)

キュビズム初期の作品です。温かみのある暖色やテキスタイルを思わせる花柄などをちりばめ、キュビズムの厳格な幾何学を柔らかく解釈しています。


Marthe Donas, Still Life with Bottle and Cup, 1917





ボトルとカップをモチーフにしたキュビズムの手法を用いた静物画。ドナスがニースに移住後、アーキペンコやアンドレ・ロートから学んだ技法を基に独自のスタイルを確立しているのがわかります。幾何学的分解と色彩の調和、そしてテキスタイルの使用が特徴的です。

Marthe Donas, The Dance, 1917-1919

大型抽象画で、渦巻く曲線と暖色(赤・橙)のレイヤーがダンスのエネルギーを表現しています。長年失われていましたが、日本で再発見され、この展覧会の目玉となっています。ドナスのキュビズムから抽象への移行を示し、柔らかな流動性と幾何学の融合が魅力です。


左に《ダンス》、手前にアーキペンコの彫刻《ダンス》

展示室ではアーキペンコの同名彫刻《ダンス》(1912/1917)と比較できるように展示されています。

Marthe Donas, The Picture Book, 1917-1919

母親が子供に絵本を読んでいる様子が描かれています。布地や紙のテクスチャを重ねたり、絵の具の部分も引っかいたりして表面に表情を付けています。もっとも特徴的なのが画面の形です。長方形の額に入っていますが、物質としての絵はその制約を受けていません。

彼女が生み出した伝統的な長方形を避けた独自形状を、この展覧会ではドナスが作り出したいままでとは「全く異なる芸術形式」として、彼女の革新性を強調しています。


Marthe Donas, Cubist Doll, 1917-1918

こちらは一つ上の《絵本(The Picture Book)》に比べて、子供のシルエットに物質としての絵の固いが少し影響されています。描かれている子どものシルエットをキュビズムの手法で分解し、その色面がグラデーションで塗られ、詩的な優しさを表現しています。


再発見の称賛とジェンダーの影

アントワープ王立美術館で開催されているこのマルテ・ドナスの展覧会について新聞等の批評を読むと高く評価されているのだけど、その文面が「見過ごされた女性モダニストが輝く」とか「カラフルで女性らしいキュビズムのパイオニア」とか、「女性らしさ」が強調されていてちょっとモヤっとします。彼女は女性差別を避けるために男性名「Tour Donas」(ツアー・ドナス)で闘ってきたのに、実際に評価されるのは「女性らしさ」なのかとがっかりしてしまうのです。その点、「暖色キュビズムの優雅さはピカソ超え」という評価は彼女の芸術を公平に見ているなと感じました。

それから、ドナスの評価がこれまで低かった点に関して商業的成功の欠如が忘却を招いたという指摘もあります。素晴らしいアーティストを再発見するのは喜ばしいことだけれど、「作品が売れなければ名が売れない(残らない)」というアート界の世知辛さも同時に感じました。(この展覧会名事態もアーキペンコとの連名ですし……)






ドナスの再評価:アントワープから世界へ

アントワープ王立美術館がアントワープ出身の女性アーティスト、ドナスの再評価のきっかけを作ったのは素晴らしいことです。女性差別を避けるために男性名で活動し、商業的成功に恵まれなかったため名を忘れられたドナスを知るなら今です。「ドナス、アーキペンコとセクション・ドール(黄金分割):魅惑のモダニズム(Donas, Archipenko & La Section d’Or. Enchanting Modernism)」でドナスを知ってもらいたいと思います。



▼展覧会の公式サイト


▼同時開催中のマグリット展

▼アントワープ王立美術館のミュージアムカフェもおススメ(その1)

▼アントワープ王立美術館のミュージアムカフェもおススメ(その2)

▼これはいい展覧会だった!
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ミイル。ブログ Miruu 管理人。オランダ芸術や街散策を中心に、美術だけでなく建築なども含めた芸術について広く紹介します。 Twitter: ミイル@miirublog

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