KMSKAのマグリット展:『Magritte: La ligne de vie』 – 現実の境界を問い直すシュルレアリスムの軌跡

2026年1月5日月曜日

KMSKA アントワープ アントワープ王立美術館 展覧会

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アントワープの王立美術館(Koninklijk Museum voor Schone Kunsten Antwerpen、略してKMSKA)は、2025年11月15日から2026年2月22日まで、ルネ・マグリット(René Magritte)の展覧会「Magritte. La ligne de vie」を開催しています。この展覧会は、マグリット自身が1938年にKMSKAで講演した「La ligne de vie(生命の糸)」を基軸に据え、マグリットの芸術に迫るものです。



マグリットは生涯で作品について公に語ったのはわずか3回しかありませんでした。そのなかで最も包括的にマグリットの「アイデアを描く」哲学が鮮やかに語られたのが1983年にKMSKAで「La ligne de vie」と題して行った講演でした。現在開催中の展覧会ではこの講演「La ligne de vie」の内容を、85点の作品群を通じて再現しようとしています。ただ、講演で言及した作品を中心に展示しているため代表作が少なく、マグリットの回顧展を期待して来た人にはちょっと物足りないと感じるかもしれません。

展覧会のコンセプト:マグリットが自らキュレーターに

展覧会のタイトル「La ligne de vie」は、1938年の講演から直接取られたものです。当時、マグリットはKMSKAの聴衆に向かい、自身の芸術の起源、シュルレアリスム運動のベルギー史、そして抽象から具象への転向を語りました。27枚のスライド投影を交え、初期の抽象実験から代表的なシュルレアリスム期へ移行する転換点が強調され、アントワープとブリュッセルのシュルレアリスト(詩人マルセル・マリエンや写真家レオ・ドーメン)とのつながりについても語られました。


左のスピーカーからマグリットの声が聞こえる


KMSKAはこの講演を再現するためにマグリットの声をAIで合成し、マグリットの声で講演の内容を読んで聞かせるという新しい試みに挑戦しています。しかし残念ながら、この新しい技術を使った試みは私には合っていませんでした。音声が小さくて耳をすぐ横まで近づかせないと聞こえないし、私はフランス語ができないのでマグリットの話すことを理解できませんでした。そのため、ほとんどの音声は聞かないで右の英語に訳されたパネルを読みました。



日常の裏側に潜む謎、マグリットの「視覚の反逆」を追う

展覧会は、マグリットの「目に見える思考」を体現する作品を中心に構成されていました。これらはすべてマグリットが講演で言及したスライドに基づく選抜で、マグリットの言葉が作品の解釈を深める手助けをしてくれます。

独自のスタイルを確立するまで

まずは、マグリットが独自のスタイルと築くまでに影響を受けたキュビスムや未来派について。


The Man at the Window, 1920


Landscape, 1920


アカデミズムから離れ、抽象の実験を行っている作品。「風景」という題名が示唆するように田園風景を幾何学的な形、ダイナミックな線、鮮やかな色彩へと変えています。


Woman with a Rose Instead of a Heart, 1924

上の作品の花は女性の心を象徴したもので、マグリットが作品に比喩を用いた最初期の作品です。



シュルレアリスム時代

キュビスムや未来派での試みは1924年にデ・キリコの作品《愛の歌》に出会ったことで終わりました。マグリットはこの転機によってありふれたモティーフと珍しいモティーフを組み合わせるようになりました。

また、遠近法を無視するようになり、現実とは異なる空間を描くようになります。


Foolhardy, 1927


Great Journeys, 1926


The Spirit of Comedy, 1928




This Is Not an Apple, ca.1959




親和性による衝撃

マグリットはそれまで無関係な二つの物体を結びつけることで見るものに衝撃を与えてきましたが、親和性のあるものを描くことでそれ以上の衝撃を見るものに与えます。「閉じられて見えないはずの空間が扉に穴があることによって奥が見える」「描かれた木によって実は隠されていた」などです。


The Unexpected Answer, 1933


閉じられた扉から不規則な形が切り取られています。この開口部からその向こうの部屋が垣間見えますが、部屋には何もなく暗闇があるだけです。扉は空間を隔てるものなのにここでは開口部となっています。


The Key to the Fields, 1936

窓が割れたことによって、風景にある木が描かれていた木によって隠されていたことが明らかにされています。


The Search for the Absolute, 1940

マグリットがもっとも好んだモティーフのひとつが木です。マグリットは木の特徴をすべて取り入れた葉として描いています。マグリットは木を葉の集積としてではなく、反対に一枚の巨大な葉が木を象徴させています。

The Revenge, 1938

1938年にマグリットが講演したのちにKMSKAが購入した作品。室内・絵画・風景の関係があべこべに描かれています。

このあとは、1938年のマグリットの講演後に描かれた作品を中心に展示されていました。マグリットの作品とは思えないものもあって興味深い展示でした。


The Mental Gaza II, 1946

ルノワール時代と呼ばれるときの作品。暖色で描かれた右下の木々が晩年のルノワールが描いた風景画にそっくり。




The Flame Rekindled, 1943

本当にマグリットが描いた作品なのか疑いたくなるモティーフと色彩です。ルノワール時代と呼ばれる暖色を多用した時期に描いた作品で、フランスの人気推理小説シリーズに登場する犯罪者のヒーロー(?)を描いたものだそうです。







The Life of Insects, 1948


Memory of a Journey, 1952

いつかは朽ちる儚い静物を石化して永遠の記念碑的なものに変化させています。

そして、マグリットには珍しい立体作品も展示されていました。


Madame Recamier, 1967


Madame Recamier, 1950

マグリットの「生命の糸」を辿る旅


KMSKAの「Magritte: La ligne de vie」は、単なる回顧ではなく、マグリットの思考プロセスを追体験させる展覧会です。現実の境界を溶かす彼の視線は2025年の今もユニークです。マグリットの言葉を借りれば、「芸術は謎を解くためのものではなく、謎を増やすためのもの」。この展覧会ではマグリットによって、目に見える現実世界には隠された謎があるのだということに気づかされました。




▼公式サイト「マグリット:生命の糸」(アントワープ王立美術館)

▼マグリットと並んでベルギーを代表する画家アンソールの回顧展

▼25万人の来場者を集めて大盛況だったアントワープ王立美術館の展覧会

▼アントワープ王立美術館のカフェ。オリジナルのチョコレートが美味しかった
 


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ミイル。ブログ Miruu 管理人。オランダ芸術や街散策を中心に、美術だけでなく建築なども含めた芸術について広く紹介します。 Twitter: ミイル@miirublog

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